フルール・マリエ
メモワール
「ねぇ、お母さん。児玉千紘って覚えてる?」
ビールのプルタブを勢い良く開けて一口煽った後に夕飯の準備をしている母の背中に向かって訊ねる。
「千紘君?小学校の時に同じクラスだったわね。可愛すぎて女の子みたいだったわよねぇ」
やはり私の記憶にある千紘と同一人物だ。
「千紘って引っ越したんだったっけ?」
「確かそうだったわね。ご両親が離婚したんじゃなかった?」
「ああ、だから苗字が違うのか」
「なぁに?千紘君と連絡取ったの?」
「店の上司になってましたとさ」
「えぇ!?ほんと?」
母がおたまを持ったまま若い乙女のように甲高い声を上げて振り返る。
「ほんとほんと。半年前に本部から来たエリートなんだけど、ぜーんぜん気づかなくてさぁ」
「素敵じゃなぁい。あんた千紘君の事好きだったでしょう?」
「はぁ?私がいつ千紘の事が好きなんて言ってた?」
「言ってないけど、あんたの話は千紘君の話ばっかりだったから、てっきり好きなんだと思ってたわよ」
「ふーん。私は千紘のこと男として見たことなかったと記憶してるけどねぇ」
確か千紘は女子との方が仲が良かったから、友達のことを話す感覚で母に報告していたのだろうし、千紘を助けるために男の子達と言い合いをすることは日常的だったはずだから、自分のヒーロー話でも自慢していたのかもしれない。