フルール・マリエ
事務所に戻ると真田さんだけが残っていて、ちらっと上がった目が合った。
「上手くいったようですね」
「はい、喜んで頂けたようです。先程はありがとうございました」
「私は何もしていませんよ。全て朝見さんの成果です」
口数は少ないけれど、従業員を良く見てくれていて、その都度的確に指摘してくれるが、それを鼻にもかけない。
従業員や店内に気を配りながらも仕事をこなしているのだから、本当に能力の高い隙のない人だ。
カタカタとキーボードを叩く音だけが響いていたが、ひと段落がついたのか、真田さんは小さく息を吐いて目頭を押さえた。
その姿すら絵になる。
この人が、私の事を・・・。
「何か?」
「い、いえ。あ、真田さんもコーヒー飲みますか?」
「そうですね。頂きます」
慌てて席を立ち、カップにコーヒーを入れる。
「ミルクと砂糖は入れますか?」
「砂糖を2杯お願いします」
「意外と甘党なんですね」
「糖分補給は頭を動かすためには必要なことなので」
カップに砂糖を2杯入れ、そのカップを持って振り向くと、既に真田さんが立っていてびくり、とする。
「すみません、驚かせましたか?」
「デスクまで持って行きますよ」
「いえ、大丈夫です。頂きます」
カップを取る時に、真田さんの長い指が私の指先に少し触れ、それだけで思わずどきりとした。
自分のカップに今日は砂糖を入れてみる。
自分のデスクに戻って、いつもよりも甘いコーヒーを口にして息を吐く。
意識しないって決めたのに。