君の手が道しるべ
「嫌ってなんかないけど」

 つとめて冷静に言い返すと、大倉主査はまた微笑んで言った。

「そういうことにしておきましょうか。そのほうが平和ですからね」

 まあ、確かに、梨花のことは好きではない。

 でも、そういう個人的感情を仕事に持ち込むような真似はしていない。

 職場の雰囲気が悪くなるようなことはしたくないし、なにより、梨花みたいなタイプの女を敵に回すような恐ろしいことは絶対にしたくない。

 歓迎会のときだって、大倉主査が言うような渋い顔なんてしていなかったはずなのだ。

「……永瀬さん。昼休み終わっちゃいますよ」

 梨花に声をかけられて私は我に返った。
 手もとの貸出調書に目を落とし、一瞬迷ったけど、すぐに顔を上げる。

「ごめんごめん。昼行ってくるね」

 案件準備に集中できないのは、空腹のせいだと思いたかった。

 とりあえずごはんを食べて、頭脳作業はそれからにしよう。心のなかでそうつぶやいて、私は席を立った。
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