君の手が道しるべ
考えてみると私がこの南支店に異動してきたときからもうすでに、梨花は私に対してとげとげしい態度をとっていたような気がする。

「今日から運用課の統括になった、永瀬調査役だ。支店になじむまではいろいろと苦労もあると思うから、サポートしてやってくれ」

 着任初日、支店長がそういって私を梨花に紹介したとき、梨花は笑顔で「よろしくお願いしまあす」と会釈をしたが、目が笑っていないことに私は妙な違和感を覚えたものだ。

 異動祝いの飲み会の席で、その話を同期入社で親友の桐山史子に話すと、後日支店に電話があった。

 史子はもともと支店配属で、運用課所属の頃はいまの梨花以上にバリバリ数字をあげていた。

 その実績が買われ、今は本社の運用戦略部にいるという文字通りの出世頭。

 情報通で顔も広いし、頭の回転も速いのだけど、なんせ言うことがいちいち正論なので敵も多いという変わり者なのだった。

「別にあんたが何か悪いことをしたとかじゃないのよ」

 電話口で史子は笑って言った。

「強いて言うなら、あんたが調査役で統括だから。それだけだと思うわよ」

「……え?」

 思いもしなかった発言に、私が一瞬言葉につまると、史子は「だからぁ」と語尾を伸ばした。

「ちょっと探ってみたんだけど、あの子ね、かなりの上昇志向よ。あの年代には珍しいタイプかもね。しかもただ黙って出世を待ってるわけじゃないの。少なくとも運用戦略部の部長にはもう取り入ってるみたいだもん。そういう子にとって、大して年も変わらないあんたが、統括調査役で着任するのは面白くなかったんだと思うわよ」

「……対抗意識、ってこと?」

 史子はうーんとうなった。

「悪いけど、あの子にとったら対抗意識持つほどの相手じゃないと思うな、あんた。だってあの子、毎期毎期必ず実績はトップクラスでしょ。行内で藤柳梨花の名前を知らない人はいないくらい。それに比べて、永瀬香織の名前は全然知られてない。対抗意識を持つレベルじゃないでしょ」

 こういうことを平気で言うから敵が増えるのに、史子はまったく気にしていないらしい。

「それにさ、今年の春の人事異動で、あの子、主査になれなかったでしょ。内心はものすごく悔しいはずよ。そこに、あんたが、ひとつ上の肩書きで着任したら、そりゃ敵対視もするでしょうよ」

 まあせいぜい頑張ってうまくやんなさい、ああそうそう今夜7時にいつもの店でね、と、最後になんの慰めにもならない言葉をよこして、史子からの電話は切れた。


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