君の手が道しるべ
そんなことを考えながら玄関前に立つと、これまた重厚感のある木の扉が音もなくゆっくりと開いた。出てきたのは、白いシャツに黒いエプロンをした若い女性だった。

「いらっしゃいませ。旦那様は客間でお待ちです」

 旦那様、と私はその言葉を心のなかで反芻する。孫じゃないらしい。おそらく、家政婦さんかなにかだろう。

 用意されたスリッパをはき、私と梨花は家政婦さんのあとについて廊下を歩いた。磨き込まれた木の床はぴかぴかで、ほこりひとつ落ちていない。しんと静かな廊下を進んでいくと、つきあたりの部屋のドアがすでに開いていて、家政婦さんがその部屋の中に声をかけた。

「旦那様。帝洋銀行さまがいらっしゃいました」

「ああ。ありがとう。どうぞ、お入り下さい」
 
 聞こえてきたのはとても穏やかな柔らかい声で、私は少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。

「失礼します」

 軽く会釈してから部屋に足を踏み入れる。ソファからゆっくり立ち上がったのは、銀髪で細身のおじいちゃん。声の柔らかさそのままの、穏やかな微笑を浮かべている。

 その笑顔を見た瞬間、私はどこか哀しい気持ちになった。理由はわからないけど、とにかく、切ないような哀しみの波長が私を包み込んだ気がした。

「わざわざ来ていただいて、すみませんでしたね。本当なら私が出向くべきなんですが……」

「いえ、大丈夫です! 私、いつも外回りしてますから!」

 いつも以上の甘ったるい声で梨花が言う。大倉主査を狙ってる時に出す声とはまた別の媚び声。よくもまあこんなにバリエーションがあるもんだと感心してしまう。

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