君の手が道しるべ
太田さんは穏やかな笑みを崩さず梨花の媚び声を受け流し、私たちに座るように勧めた。完璧なタイミングで家政婦さんがお茶を持ってくる。

 いったい、太田さんって何者なんだろう。こんなお屋敷に住んで、こんなにスキル高そうな家政婦さんがいて。よく見れば着ているものもシックだけど上等そうだし、なんだか、普通の人と違うのではないか、という気がしてきた。

 出されたお茶に口をつけ、小さく息をついたところで、私より早く梨花が切り出した。

「太田さま、今回は当行のお口座にたくさんのご入金を頂きましてありがとうございました! すごい金額でしたけど、何か、不動産でもお売りになったんですかぁ?」

「いや……まあ、そういうお金も含まれてはいるかな。帝洋銀行さんとは、今までお付き合いはなかったんだけどね。今回、ちょっと大きくお金が動くことになったから、これもご縁かなと思ってね」

 穏やかにゆっくりと、静かな声で話す太田さんは、銀縁眼鏡の奥の目をふうっと細めた。一瞬、どこかでこの目を見たことがあるような気がしたけれど、私の思い過ごしだろう。

「そうなんですね~! 嬉しいですぅ、ご縁がいただけて!」

 語尾にハートマークが100個くらいつきそうな媚び声。さっきよりパワーが増している。この甘ったるい声で、今まで数々の資産家のお客様(ほとんど男性)をおとしてきたのだろう。梨花の笑顔と媚び声にすっかりいい気になってしまい、気づけば投資信託やら保険やら買ってしまうといういつものお決まりパターンが、これから面前で展開される。
 もはや私は完全なる傍観者だ。そしてここは梨花の独壇場だ。

 しかし。

 太田さんの反応はそうじゃなかった。

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