君の手が道しるべ
「ご縁はね。いつどうなるかわからないものだからね。大切にするべきだと思うようになったんですよ」

 梨花のほうはまったく見ずに、太田さんはまるでひとりごとのようにつぶやいた。思わず梨花を横目で見やると、彼女はどうしたらいいのかわからないといった顔つきで座っている。
 
 まあ、今までの必勝パターンが第一段階で早くも壊されたのだから、仕方ない。本意では無いけれど、私はこの場の収拾に乗り出した。

「私たちも、太田様とのご縁を大切にしていきたいと思っております。たくさんのご資金をお預け入れいただきましたので、出来る限り太田様に喜んでいただけるようなご提案をさせていただきたいと思います。こちらのご資金については、なにかもうお考えはおありなのでしょうか?」

 横に座った梨花が急に背筋を伸ばした。ちらりと私に視線を送ってくる。口出し無用、とその目が語っている。私はおとなしく口をつぐんだ。

「例えばですが、太田様。このようなプランはいかがでしょう……」

 自分のペースに引き込もうとするかのように、梨花が鞄からパンフレットを取り出してテーブル上に広げ始める。よくまあこんなに立て続けにしゃべれるものだと感心するほど、梨花の営業トークはよどみない。
 
 実を言えば私には、梨花の営業トークはよどみないというより早口すぎて、頭に入ってこなかったりするのだけど、それで契約が取れているんだから不思議なものだ。
 
 次々とテーブルに広げられていくパンフレットを、太田さんは何も言わずに眺めていた。ひととおりしゃべってしまった梨花が、息継ぎをするように数秒口をつぐむ。その、ほんのわずかな時間に、太田さんの表情が曇った。

 それは……とても悲しそうな、切ないような表情だった。何かを思い出すような、痛みを感じるような顔。
 でも、ほとんど一瞬のことで、梨花には見えていなかったようだ。呼吸を整えてふたたび口を開こうとした瞬間、私は言っていた。

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