君の手が道しるべ
「噂になってるよー、今回のこと」

 いつものバーのカウンター席に並んで座り、最初の一杯が来たところで、史子がにやにや笑いながら切り出して来た。

「何のこと?」 
 
 しらばっくれてカクテルに口をつける私に、史子はますます嫌味な薄笑いを浮かべる。

「決まってるでしょ。3億の大口商材をぶっ壊したことよ。それも、よりにもよって藤柳さんの帯同で行った先で」

「別に、ぶっ壊したってわけじゃないわよ。それになんでその話が史子の耳に入ってるの?」

「そりゃもう、あの子が怒り狂って本部に訴えて来たからよ。あんたを異動させろって。推進の邪魔にしかならないからって。まあ、そんな権限あの子にあるわけないし、本人だって本当にあんたが異動になるとは思ってないだろうけど、なんと言っても常に賞レーストップチームでしょ? うちの部長にもかわいがられてるのよ。それくらいの計算はしてると思うけどね、あの子なら」

「……」

 怒り狂ってるのは知っていたし、実際、太田さんのお屋敷から帰ったあとの梨花はものすごい剣幕だった。殴られなかっただけラッキーかもしれない、と真剣に思ったくらいだ。
 
 しかし、本部にまで訴えているとは思わなかった。本部の部長といえば役員クラス、人事にだって口出しできる立場だ。そんな人にまで訴えるなんて、梨花は本気で私を追い出そうとしているらしい。

 私が何も言えずにいるのを見て、史子はやっと嫌味な薄笑いをやめ、いつもの顔に戻った。

「大丈夫。部長だってバカじゃないもん。そんなこと真に受けて人事に口出したりしないよ。――で、いったいどうしてそんなおいしい商材をぶっ壊したの?」

「だから、まだ壊れたと決まったわけじゃ……」

「少なくとも藤柳さんは壊されたと思ってるよ? だって、いきなり提案に口つっこんで話を終わらせちゃったんでしょう?」

「んー……まあ、そういうふうにも言えるけど……」

 太田さん宅でのやりとりを思い返しながら言葉を濁す。

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