君の手が道しるべ
「……関係ないでしょ、あなたには」

 思わず棘のある声を出してしまう。ある意味いちばん会いたくない人かもしれない。今、この状況では。

「まあ、そうですよね。関係ないですよね」

 大倉主査はふんと鼻で笑うと、さっきまで史子がいた席に座った。タイミングよく出されたビールを半分ほどあおって、気持ちよさげに息をつき、私をちらりと見た。

「僕は関係ないんで、そういう目で見ないでもらえます?」

「そういう目ってなによ」

「そういう目ですよ。なぐさめてもらいたくてしょうがないって目。――どうせ、藤柳さんとのことで落ち込んでるんでしょ」

 史子と違って大倉主査は私と梨花の一件を間近で見ている。支店に戻ったあとの梨花との修羅場を知っている。知っていておかしくないということが、逆に神経を逆なでする。

「どうせ、とか言わないでもらいたいんだけど。これでもけっこうこたえてるんで」

「そうなんですか?」

 あの程度のことで? と言いたげな大倉主査の顔を見ていると、いつのまにか涙も止まっていた。ムカつくやつ。

「……史子にも言われた。人の気持ちがわかるのもいいけど、引きずられるなって。契約に持っていく努力をしろって」

「史子って、あの本部スタッフの……まあ、あの人ならそれくらい言うでしょうね。基本、藤柳さんとタイプ同じだし」

 大倉主査がふふっと笑う。バーカウンターのライトに、銀縁メガネがきらりと光った。

「で、調査役は、自分にはこの仕事向いてないと思って泣いてたわけだ」

「はぁ⁈」

 図星をさされ、思わず大声を出してしまった。あわてて声のトーンを落とす。

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