君の手が道しるべ
「……ええっ?!」

 唐突な告白に、今度こそ私はびっくりしてしまった。思わず大声が出て、両手で口をふさぐ。こんな安っぽい仕草、今までしたことがない。どうやら、人は本当にびっくりすると、芝居がかった動作をしてしまうものらしい。

「な、なんで急にそんなことになったの? なんかあったの?」

 たたみかけるように質問をぶつけると、大倉主査は苦笑いを浮かべた。

「急に元気になりましたね」

「あ……ごめん」

 自分の子供っぽい反応が恥ずかしくなって、私は小さくあやまった。

 彼はふうっと小さなため息をもらす。

「いいですけど、別に。ほんと、永瀬調査役ってわかりやすい人ですね。――大したことじゃないですよ。家業の跡を継ぐんで、銀行は辞めるんです。最初からそのつもりで入行しましたし、実家からもそろそろって言われてるんで。中途半端な時期に辞めると、人員補充がたいへんになるから、期末の退職にしてくれって実家とかけあって許してもらいました」

 本当になんでもなさそうに言って、大倉主査は銀縁眼鏡を外し、少し強めに目をこする。なんと言ったらいいのかわからず黙っていると、大倉主査は私を見て笑った。

「なんでそんな顔してるんですか、辞めるのは僕なのに」

「……そんな顔、って」

「送別会で、最後の挨拶する前の顔です」

「……わかりづらいわ、それ」

「そうですかね? なんか、もう泣きそうって顔してますよ? そんなに僕がいなくなるのさみしいですか?」

 いたずらっぽく言って、大倉主査は私の顔をのぞき込んだ。急に顔の距離がちぢまって、私は胸がつまって息ができなくなった。

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