君の手が道しるべ
「素直にさみしいって言えばいいのに」

「なんでそんなこと言わなきゃならないのよ」

 必死に虚勢を張って言い返したけれど、大倉主査は、

「なんでって、僕がうれしいからに決まってるじゃないですか。たまに可愛いところ見せてくれたって、バチは当たらないでしょ」

 などと恥ずかしい台詞を平気な顔で言い、ぐいぐいと顔を寄せてくる。寄せられたぶん、私はめいっぱい首を後ろに引いて抵抗した。

「素直じゃないですね」

「よく言われます」

「そんだけ喋れれば、もう大丈夫そうですね」笑いながら言って、大倉主査は元の姿勢に戻った。「もう、カウンターでひとり涙しながら酒飲むとかやめてくださいよ。たちの悪い男に声かけられて、ほいほいついて行ったりしないでくださいよ」

 なんとなくがっかりした自分に気づいて、私はわけがわからなくなった。

 なにに対してこんなにがっかりしているんだろう。大倉主査がいなくなるから? それとも、キスされるんじゃないかと期待していたから? いやまさかカウンターでそんなことになるはずない……。

 そんな私の心境をよそに、大倉主査はちょっと微笑んで、

「で、どうするんですか? 仕事」

 と真正面からずばり切り込んできた。冗談で答えようかとも思ったけど、なんとなくそういう雰囲気ではないことを肌で感じて、私はちょっと考え込んだ。

 そして、正直に答えた。

 今まで誰にも……史子にも言ったことのない本心だった。

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