君の手が道しるべ
「……この先ずっとこの仕事をしていくのかなって思うと、正直、耐えられないかな。誰かに喜ばれてるって実感のない仕事を、ただひたすら続けていくのはやっぱり辛い。仕事って、本来は、誰かに喜んでもらえるとか役に立つとか、そういう意味のあるものなんじゃない? だけど今の仕事はそういう実感がないの。人のお金をあっちからこっちへ動かして、手数料稼いで……って、すごくむなしい気がする」

「でもそれは銀行業務として正しいあり方だとは思わないんですか?」そう切り返してきた大倉主査は、もう、笑ってはいなかった。「世の中はお金がないと成立しない。人間の暮らしはお金の流れそのものですよ。ここにお金を置くよりこっちに置く方がメリットがある、こっちに置けばもっと流れがスムーズになる。そういうマネジメントこそが本業だとは思いませんか? お金のマネジメントが人の暮らしを作り、世の中をもっとスムーズに変えていくんです」

 私はじっと大倉主査を見つめた。こんな反応が返ってくるなんて、予想してなかった。ふだんはクールで、なにを考えているのか全然わからなかった彼の中に、こんなに熱い思いがあるとは思わなかった。

「……それは理想論よ」

 低い声でつぶやく。その声に呼応するように、ブランデーグラスの氷がことりと揺れる。

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