君の手が道しるべ
「お疲れ様。――藤柳さんもここの店来るのね。知らなかった」

 私の言葉を無視して、梨花は隣の椅子に腰かけた。歩み寄ってきたマスターに「すぐ出ますから」とだけ告げて、改めて私をまっすぐに見据えた。

「後つけたら、永瀬さんがここに入ってくのが見えたから」

「……尾行したの? 私のこと」

 今度も私の問いは黙殺された。そして、低い声で言った。

「いいかげんにしてもらえます?」

 発言の意図がわからず、私は「はぁ?」と間抜けた声を出した。それが気に障ったのか、梨花は片方の眉をつり上げて私をにらみつけた。

「だから。邪魔すんなって言ってんの、私のこと」

 もはや敬語でしゃべる気もないらしい。怒りのオーラを全力で放出している梨花を見ていると、なぜか私の方はどんどん冷めた気持ちになってきた。じっと梨花を見返して、冷静に聞き返す。

「邪魔って、なんのこと?」

「ふざけんなよ!!」

 突然梨花が怒鳴り声を上げた。静かな店内は一瞬静まりかえる。マスターが空気を察知して近づいてきたけれど、私はそれを手で押しとどめた。

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