君の手が道しるべ
いったいいつからそこにいたのか、大倉主査は身の置き所のないような顔をして立っている。

 いつもの自信ありげな姿とはまったく違うその姿に、私は急に彼が気の毒になってしまった。

「今のって、……藤柳さんの?」

「はい。――一部始終、聞いてしまいました」

「そっか。恥ずかしいところ見られちゃったね」私は軽く肩をすくめて、自分の隣の席を勧めた。「座ったら?」

「はい…」

 大倉主査はおとなしく椅子に腰かけて、ぺこりと頭を下げた。

「すみません。調査役にいやな思いさせて」

「いや、大倉主査があやまる筋合いの話じゃないから。あれは、藤柳さんが勝手に暴走しただけ。勝手に暴走する人はほっとけばいいの」

 わざと明るく答えると、大倉主査もかすかな苦笑いを浮かべ、

「まあ、あれは確かに暴走という表現がぴったりでしたけど」

 と首をすくめた。

「ね? だから大倉主査があやまる話じゃないの。気にしないで」

 不思議なことに、大倉主査を目の前にしていると、さっきまでのささくれた気持ちがすうっと楽になってきた。

 梨花の暴言も、もうどうでもよくなった。

 私は残っていたカクテルを一気に飲み干して、小さく微笑み、言葉を続けた。

「藤柳さんに言われたのは、確かに強烈な言葉だったけど……あれ、あながち全部言いがかりってわけでもないんじゃないかな」

 その瞬間、大倉主査の表情から笑みが消えた。仕事の時でも見たことがないような真剣な眼差しを私に向け、低い声で言った。

「……どういう意味ですか?」

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