君の手が道しるべ
そのときの史子の表情。

 あぜん、という言葉を練り固めて顔を造形したら、きっとこんなふうになるんだろうな、というくらいに、史子はあっけにとられたようだった。

 まあ、それもそうだろうと思う。好きな人がいるとか彼氏ができたとか、そういう一般的なガールズトークの順番をぜんぶすっ飛ばした爆弾発言だ。

 乱れた呼吸を整えつつ、史子は当然の質問を口にした。

「で……? 相手は誰なのよ……?」

「——大倉主査」

 史子の大きな瞳がまんまるに見開かれる。
 普段から肝の据わったところがある史子だが、さすがに予測はしていなかったらしい。たっぷり数十秒の沈黙ののちに、

「大倉、って、あの?」

 と、やっと言った。

「そう。先期、うちの店に異動してきた、大倉主査」

 私は静かに答える。

 史子は、何かを探るように私を見つめていたが、やがてふうっと大きく息を吐き出した。

「なんでまた、そんな急な話になったわけ? 全然、経緯がわかんないわ」

「そりゃあそうでしょうね。私だって全然わかんないもん」

 コーヒーカップに口をつけ、まだ熱いコーヒーをひとくち飲む。

「でもプロポーズされたのは確かなのよね? まさかと思うけど、あんたの妄想じゃないでしょうね?」

 そう訊いてくる史子は真剣そのものだ。それがなんだかおかしくて、私はつい笑ってしまった。

「笑い事じゃないわよ」史子が私を睨んだ。「妄想じゃないとしたら、大変なことよ。どうしてそんな話になったのよ」

「……そうなのよ。ほんとに、笑い事じゃないの」

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