可愛いなんて不名誉です。~ちょっとだけど私の方が年上です!~
第二話 泣きたい夜もあるんですよ
本日の総集編テロップをスクリーンで見ながら、美夜子は号泣していた。
その日、美夜子は従弟の結婚式に出席した。今日のために半年間かけて友達や親類のところを回って、お祝いムービーを作った。ほとんど毎週休日をつぶしたわりに、所要時間十分のムービーに収まったのは奇跡といえる。
二人の兄の下に生まれた末っ子の美夜子にとって、七歳年下の従弟、晴太はかわいくてかわいくて……家族にも引かれるくらい、かわいいのだった。たとえ反抗期には毛虫のごとく扱われ、「みっちゃんきもい」と冷たい言葉を浴びせられたのも一度や二度でなくとも、別にそんなことはどうでもいいと振り切れてしまっている。
恐らく両親以上に晴太の晴れ姿を堪能した後、美夜子は客もほぼ帰ったのを見計らってパーティ会場の裏の出口に向かう。
そろそろ新郎新婦も客人を送り出すのを切り上げた時間帯だと思った。両手では足らないくらい友達の結婚式に出席した美夜子は、こういった場の舞台裏もよく知っている。
結婚式のときの新郎新婦は大変忙しい。その忙しさで、自分を見逃してくれないかと思った。もう限界だったから。
「みっちゃん」
けれど晴太はまだ美夜子を待っていた。それも美夜子が裏口から出るのもわかっていたようで、苦笑いをしながら呼び止める。
「しょうがないなぁ」
まだ美夜子の目じりにたまった涙を、晴太は白いハンカチで拭う。
晴太は美夜子が花嫁の涙を拭ってあげてねと贈ったハンカチを、結局自分では使わなかった。俺も奥さんもどうせ泣かないよ。晴太の言葉は当たりだった。彼も新婦も、式の間中、始終笑顔を絶やさなかった。
「な、みっちゃん。泣き虫なのは別に直さなくていいからさ。喜んでくれてるのもわかってるからさ」
晴太の傍らには、結婚まで美夜子が何度となく相談に乗った花嫁がいる。晴太に似てしっかり者で、そのためにまだ二十代前半という早い結婚にためらっていた。
大丈夫だよ。大好きで、一緒にいたいなら、きっとがんばれるよ。実体験なんてなかったけど、自分の言葉くらいで二人が勇気づけられるなら、そうしてあげたかった。
「……みっちゃんが迷ったら、今度は俺たちを頼ってくれよな」
その言葉に、美夜子はただこくこくとうなずきながら泣いていた。
お祝い返しがたっぷり入った紙袋を持って、夜の駅前を行く。普段あまり履かないピンクのミュールに踵が擦れて痛くなりながら、しばらくうつむいて歩いていた。
バスターミナルにたどり着いて、時刻表を見る。次で最終便だった。春先の夜は結構冷え込む。美夜子は防寒という意味ではまるで役に立たないショールを引き寄せて、バスを待った。
ふいに式場で流した涙とは違う涙が浮かんできて、美夜子は情けなくなる。
立派になった晴太。笑っていた花嫁。それを心から喜んでいるかというと、実は自信がない。
きっと結婚したら、今までのように気楽に会えなくなる。二人は第一のパートナーとしてお互いを選んだのだから、たぶんどんな気遣いをしたとしても……今までとは確実に、距離が変わる。
嫉妬とか悲しさとか、そういう感情で泣きたかったんじゃないの? 美夜子にささやく別の自分が、美夜子は好きじゃない。
……だめだってば。こんな日に真っ暗な気持ちでいちゃ、二人に悪いよ。
しんと静まり返った夜のバス停。ドレス姿であからさまな大荷物を抱えながら涙をこらえる自分は、どこから見ても祝い事にはふさわしくない人間だった。
「日野さん」
まさかそんな自分に声をかける人がいるとは思っていなかったから、美夜子は思わずきょとんとした。
振り向くと、涼が立っていた。黒いスーツ姿に銀色のネクタイ、手に持った大荷物に、彼も結婚式帰りらしい。似合っているそのスタイルに、彼も結婚式慣れしていると見た。
「バス、出ます。乗ってください」
両手が塞がっているからか、顎をしゃくられて前を示される。いつの間にか最後のバスが来ていた。
この人に泣いているところを見られるのは二度目だ。なんという偶然、そして不覚。反射的にいつものようにすみませんと謝りそうになって、美夜子は遠い目をする。
あ、無理。今日は泣きたい。おもいきり。
「すみません! 明日は休みます! ……運転手さん、行ってください!」
美夜子は涼をバスに押し込むと、自分は外に残って運転手に手を振る。
走り出すバスの中で、涼が睨むようにこちらを見ている。美夜子は構わず、子どものように立ったまま泣く。
「ふぇーい! みんなばかばかー!」
えーいと履きなれないミュールを蹴飛ばして脱ぐと、美夜子はそれでもお祝い返しだけはしっかり持ったまま夜の街に走っていった。
その日、美夜子は従弟の結婚式に出席した。今日のために半年間かけて友達や親類のところを回って、お祝いムービーを作った。ほとんど毎週休日をつぶしたわりに、所要時間十分のムービーに収まったのは奇跡といえる。
二人の兄の下に生まれた末っ子の美夜子にとって、七歳年下の従弟、晴太はかわいくてかわいくて……家族にも引かれるくらい、かわいいのだった。たとえ反抗期には毛虫のごとく扱われ、「みっちゃんきもい」と冷たい言葉を浴びせられたのも一度や二度でなくとも、別にそんなことはどうでもいいと振り切れてしまっている。
恐らく両親以上に晴太の晴れ姿を堪能した後、美夜子は客もほぼ帰ったのを見計らってパーティ会場の裏の出口に向かう。
そろそろ新郎新婦も客人を送り出すのを切り上げた時間帯だと思った。両手では足らないくらい友達の結婚式に出席した美夜子は、こういった場の舞台裏もよく知っている。
結婚式のときの新郎新婦は大変忙しい。その忙しさで、自分を見逃してくれないかと思った。もう限界だったから。
「みっちゃん」
けれど晴太はまだ美夜子を待っていた。それも美夜子が裏口から出るのもわかっていたようで、苦笑いをしながら呼び止める。
「しょうがないなぁ」
まだ美夜子の目じりにたまった涙を、晴太は白いハンカチで拭う。
晴太は美夜子が花嫁の涙を拭ってあげてねと贈ったハンカチを、結局自分では使わなかった。俺も奥さんもどうせ泣かないよ。晴太の言葉は当たりだった。彼も新婦も、式の間中、始終笑顔を絶やさなかった。
「な、みっちゃん。泣き虫なのは別に直さなくていいからさ。喜んでくれてるのもわかってるからさ」
晴太の傍らには、結婚まで美夜子が何度となく相談に乗った花嫁がいる。晴太に似てしっかり者で、そのためにまだ二十代前半という早い結婚にためらっていた。
大丈夫だよ。大好きで、一緒にいたいなら、きっとがんばれるよ。実体験なんてなかったけど、自分の言葉くらいで二人が勇気づけられるなら、そうしてあげたかった。
「……みっちゃんが迷ったら、今度は俺たちを頼ってくれよな」
その言葉に、美夜子はただこくこくとうなずきながら泣いていた。
お祝い返しがたっぷり入った紙袋を持って、夜の駅前を行く。普段あまり履かないピンクのミュールに踵が擦れて痛くなりながら、しばらくうつむいて歩いていた。
バスターミナルにたどり着いて、時刻表を見る。次で最終便だった。春先の夜は結構冷え込む。美夜子は防寒という意味ではまるで役に立たないショールを引き寄せて、バスを待った。
ふいに式場で流した涙とは違う涙が浮かんできて、美夜子は情けなくなる。
立派になった晴太。笑っていた花嫁。それを心から喜んでいるかというと、実は自信がない。
きっと結婚したら、今までのように気楽に会えなくなる。二人は第一のパートナーとしてお互いを選んだのだから、たぶんどんな気遣いをしたとしても……今までとは確実に、距離が変わる。
嫉妬とか悲しさとか、そういう感情で泣きたかったんじゃないの? 美夜子にささやく別の自分が、美夜子は好きじゃない。
……だめだってば。こんな日に真っ暗な気持ちでいちゃ、二人に悪いよ。
しんと静まり返った夜のバス停。ドレス姿であからさまな大荷物を抱えながら涙をこらえる自分は、どこから見ても祝い事にはふさわしくない人間だった。
「日野さん」
まさかそんな自分に声をかける人がいるとは思っていなかったから、美夜子は思わずきょとんとした。
振り向くと、涼が立っていた。黒いスーツ姿に銀色のネクタイ、手に持った大荷物に、彼も結婚式帰りらしい。似合っているそのスタイルに、彼も結婚式慣れしていると見た。
「バス、出ます。乗ってください」
両手が塞がっているからか、顎をしゃくられて前を示される。いつの間にか最後のバスが来ていた。
この人に泣いているところを見られるのは二度目だ。なんという偶然、そして不覚。反射的にいつものようにすみませんと謝りそうになって、美夜子は遠い目をする。
あ、無理。今日は泣きたい。おもいきり。
「すみません! 明日は休みます! ……運転手さん、行ってください!」
美夜子は涼をバスに押し込むと、自分は外に残って運転手に手を振る。
走り出すバスの中で、涼が睨むようにこちらを見ている。美夜子は構わず、子どものように立ったまま泣く。
「ふぇーい! みんなばかばかー!」
えーいと履きなれないミュールを蹴飛ばして脱ぐと、美夜子はそれでもお祝い返しだけはしっかり持ったまま夜の街に走っていった。