可愛いなんて不名誉です。~ちょっとだけど私の方が年上です!~
第四話 砂糖と時間が必要です
私、このまま襲われてポイ捨てされちゃうんだ。美夜子は心の中で悲劇的ストーリーを五年分くらい描いたが、そういうことにはならなかった。
「甘かったですか?」
上目遣いにのぞきこんできた顔に、美夜子はぶんぶんと首を横に振る。
「おいしいです! なんでこんなに上手に照りが出るのか考えてただけです!」
涼が部屋に入っておよそ二十分後。美夜子は涼にブリの照り焼きをご馳走されていた。チンゲン菜のごま和えとミネストローネも添えられている。美夜子が冷凍しておいたごはんが解凍されるまでの早業だったのに、バランスも味も申し分ない。
「コツを教えてください」
「簡単ですよ。砂糖を入れるのをためらわないのと、じっくり時間をかけて煮詰めるだけです」
ふむふむとうなずいて、美夜子はメモを取る。そうか、砂糖と時間が足らなかったんだと自分の調理方法を反省していたところだった。
「時に、日野さん。夕食が終わったところで、口説くのを再開します」
美夜子はびくっ!と肩を緊張させて、とっさに皿を見渡す。
いや、まだ食べてます。そう言い訳するにも、おいしく完食してしまった後だった。
美夜子は恐る恐る涼の喉元辺りを見ながら切り出す。
「……冗談じゃなかったんですか」
「日野さんが怯えた様子だったので、ちょっと待っただけです」
律儀な人だ。しかし容赦はない。彼の仕事ぶりと違わない進め方に、美夜子は冷や汗を流し始める。
「異議あり!」
だめだ、しっかりせねば。美夜子はたかだか二歳程度だが自分は年上と思い直して、机を叩く。
「どうしちゃったんですか、一葉さん! 私なんか口説いても面白くありませんよ。ポイ捨ては犯罪です!」
美夜子はぷいと横を向いてしかめ面をする。実は心臓がうるさくて涼の目が見られないだけだが、そんなことを表に見せたら情けなさすぎると自分を叱る。
日野さんと呼ばれて、返事もせずに不機嫌に黙りこくる。照り焼きが上手なのはよくわかりました。でも私だって塩焼きならほどほどにできますと心の中で反論する。
「美夜子さん」
一瞬心臓が変な音を立てた気がして、美夜子が机の上の手を握りしめたときだった。
ふっと涼との距離が近くなる。頬に手を当てて上から覗き込まれて、綺麗な切れ長の目だと思わず見とれたときには、唇に何か触れていた。
自分とは違う体温が唇を包む感触に促されるようにして、つい唇を開いてしまう。そこからするりと舌がはいりこんだ。
え、やだ、気持ちいい。でもすごく恥ずかしい。そこまで至って美夜子がようやく涼の体を押し返すまで、たっぷり一分ほどかかってしまった。
「な、え、あう。何なんですか、一葉さーん!」
頭から湯気を噴き出して怒ったのに、涼はこらえていたものがあふれるように笑いだす。
遊ばれてる? やっぱりポイ捨て? 美夜子が混乱して半泣きになっていると、涼は笑いすぎて目じりにたまった涙を拭いながら言う。
「美夜子さんこそ、何なんですか。なんでそんなに可愛いんですか?」
「か、かわ」
赤くなったり青くなったり忙しい美夜子の顔からまだ手を離さずに、涼はしみじみとその顔をのぞき込む。
「時間をかけて近づこうと思ってましたが、やっぱり無理ですね。ポイ捨てなんて言われるのは、砂糖が足らなかった証拠です」
え、私、照りを出されようとしてたの? ブリみたいに? 美夜子は何も言えずにそんなことをぐるぐる考えていて、その間に涼は美夜子を後ろからぎゅっと抱きしめる。
「たっぷり甘くしましょう」
体ごしに甘い声が響いてきて、美夜子はどくんと心臓が大きく跳ねる。
「そんなつもりじゃなかったんです!」
「俺は最初からそのつもりでした」
ふいに涼は笑みを収めて言う。
「好きです、美夜子さん。今日で終わりなんて、冗談でも言わないでください。俺、それくらいの信用ができるくらいはあなたと一緒に過ごしてきたでしょう?」
美夜子はその声が心に染みていくのを感じながら息を呑む。
「好きです」
頬に触れた手が暖かい。大丈夫と、美夜子は自分に声をかける。
こくりとうなずいた美夜子に柔らかく笑って、涼はもう一度美夜子に口づけた。
「甘かったですか?」
上目遣いにのぞきこんできた顔に、美夜子はぶんぶんと首を横に振る。
「おいしいです! なんでこんなに上手に照りが出るのか考えてただけです!」
涼が部屋に入っておよそ二十分後。美夜子は涼にブリの照り焼きをご馳走されていた。チンゲン菜のごま和えとミネストローネも添えられている。美夜子が冷凍しておいたごはんが解凍されるまでの早業だったのに、バランスも味も申し分ない。
「コツを教えてください」
「簡単ですよ。砂糖を入れるのをためらわないのと、じっくり時間をかけて煮詰めるだけです」
ふむふむとうなずいて、美夜子はメモを取る。そうか、砂糖と時間が足らなかったんだと自分の調理方法を反省していたところだった。
「時に、日野さん。夕食が終わったところで、口説くのを再開します」
美夜子はびくっ!と肩を緊張させて、とっさに皿を見渡す。
いや、まだ食べてます。そう言い訳するにも、おいしく完食してしまった後だった。
美夜子は恐る恐る涼の喉元辺りを見ながら切り出す。
「……冗談じゃなかったんですか」
「日野さんが怯えた様子だったので、ちょっと待っただけです」
律儀な人だ。しかし容赦はない。彼の仕事ぶりと違わない進め方に、美夜子は冷や汗を流し始める。
「異議あり!」
だめだ、しっかりせねば。美夜子はたかだか二歳程度だが自分は年上と思い直して、机を叩く。
「どうしちゃったんですか、一葉さん! 私なんか口説いても面白くありませんよ。ポイ捨ては犯罪です!」
美夜子はぷいと横を向いてしかめ面をする。実は心臓がうるさくて涼の目が見られないだけだが、そんなことを表に見せたら情けなさすぎると自分を叱る。
日野さんと呼ばれて、返事もせずに不機嫌に黙りこくる。照り焼きが上手なのはよくわかりました。でも私だって塩焼きならほどほどにできますと心の中で反論する。
「美夜子さん」
一瞬心臓が変な音を立てた気がして、美夜子が机の上の手を握りしめたときだった。
ふっと涼との距離が近くなる。頬に手を当てて上から覗き込まれて、綺麗な切れ長の目だと思わず見とれたときには、唇に何か触れていた。
自分とは違う体温が唇を包む感触に促されるようにして、つい唇を開いてしまう。そこからするりと舌がはいりこんだ。
え、やだ、気持ちいい。でもすごく恥ずかしい。そこまで至って美夜子がようやく涼の体を押し返すまで、たっぷり一分ほどかかってしまった。
「な、え、あう。何なんですか、一葉さーん!」
頭から湯気を噴き出して怒ったのに、涼はこらえていたものがあふれるように笑いだす。
遊ばれてる? やっぱりポイ捨て? 美夜子が混乱して半泣きになっていると、涼は笑いすぎて目じりにたまった涙を拭いながら言う。
「美夜子さんこそ、何なんですか。なんでそんなに可愛いんですか?」
「か、かわ」
赤くなったり青くなったり忙しい美夜子の顔からまだ手を離さずに、涼はしみじみとその顔をのぞき込む。
「時間をかけて近づこうと思ってましたが、やっぱり無理ですね。ポイ捨てなんて言われるのは、砂糖が足らなかった証拠です」
え、私、照りを出されようとしてたの? ブリみたいに? 美夜子は何も言えずにそんなことをぐるぐる考えていて、その間に涼は美夜子を後ろからぎゅっと抱きしめる。
「たっぷり甘くしましょう」
体ごしに甘い声が響いてきて、美夜子はどくんと心臓が大きく跳ねる。
「そんなつもりじゃなかったんです!」
「俺は最初からそのつもりでした」
ふいに涼は笑みを収めて言う。
「好きです、美夜子さん。今日で終わりなんて、冗談でも言わないでください。俺、それくらいの信用ができるくらいはあなたと一緒に過ごしてきたでしょう?」
美夜子はその声が心に染みていくのを感じながら息を呑む。
「好きです」
頬に触れた手が暖かい。大丈夫と、美夜子は自分に声をかける。
こくりとうなずいた美夜子に柔らかく笑って、涼はもう一度美夜子に口づけた。