この空を羽ばたく鳥のように。
すると兄君は、少しかがんでおゆきちゃんに目線を合わせると、目を細めて優しく声をかけた。
「大丈夫、心配しないで。あいつはそんなヤワじゃない。
それより、おゆきさんは大事ないですか?」
「あっ……はい!」
戸惑ったようなおゆきちゃんの返事に頷くと、今度はこちらを振り向いて私達に訊ねる。
「さき子もさよりさんも。無事なようだな」
「はい!」
心配されて嬉しいのか、おさきちゃんが満面の笑みで元気よく答えた。
兄君が頷いて微笑を返すと、生意気な弟君がすかさず揚げ足をとる。
「兄上!兄上だって、女子に話しかけてるじゃないですか!」
「おっと しまった。しかたない、明日はお前に連座するか」
指摘されてもそんなふうにおっしゃり、あわてる様子もなく悠然と笑う。
弟君もニッと笑顔を返した。
瞬時に おゆきちゃんへの気遣いと、弟を庇って自身もわざと掟に違反したのだと見てとれる。
彼の行動は、掟も大事だけれど それより大事なこともあるのだと感じさせる。
それをサラリとやってのける。
うん、おさきちゃんの兄君は素敵な方だわ。
おさきちゃん達兄弟の仲の良さをちょっぴり羨ましく思いながら、私はすっかり和んだ光景を眺めた。
兄君はさわやかな笑みを絶やさぬまま、人混みのほうへと視線を向ける。
さっきの下級藩士の若侍達は、人混みの一番前まで分け入って舞い踊る彼岸獅子を眺めては上機嫌で歓声をあげている。酒でも入っているのだろうか。いい気なもんだ。
「年に一度のこととはいえ、弥太連中にも困ったものだ」
市井の人だろうか。誰かが言う。
弥太というのは、城下の東方•徒《かち》ノ町辺りの住人を主とした薄禄の下士や卒を指す。
弥太侍とか弥太之進とか呼ばれる。
彼岸獅子が大好きな彼らは、普段の生活が貧窮にもかかわらず、この彼岸の期間だけは大切な収入源である内職さえも断り、寝食も忘れて彼岸獅子の追っかけに変貌するというのだから、たいした熱中ぶりだ。
それでもお殿さまの上洛に その弥太達も大勢追従したので、見物人としての弥太は以前よりぐんと少なくなったという。
しかたなく私達は、そこから遠目で獅子躍りを見物することにした。
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