この空を羽ばたく鳥のように。




 そんなえつ子さまの口から、ふっと息が漏れる。



 「……奥さま。さよりさんも。どうかお手をあげて下さい」



 言われておそるおそる顔をあげると、えつ子さまは先ほどとうってかわった柔らかな表情を浮かべていた。
 そしてその表情に自嘲の笑みを混ぜると、穏やかな口調でおっしゃった。



 「わたくしは……(しつけ)とは、子が間違った方向に進もうとする前に、その軌道を修正してやることが肝要だと存じておりました。
 けれど時には温かく見守り、何かの際にはすぐ手を差しのべてやる寛容さも必要なのだと、さよりさんに気づかされました」

 「えつ子さま……?それでは……」



 私の問いかけに、えつ子さまは柔らかく頷くと、笑顔を見せて母上におっしゃった。



 「あの子は津川家でのびのびと育っておるようですね。
 喜代美どのにとっても、こちらでの生活のほうが合っているのでしょう。わたくしも安心いたしました」

 「えつ子さま……感謝いたしますわ」



 母上が安心したようにお礼を述べると、えつ子さまは軽く首を横に振る。



 「いいえ、わたくしのほうこそ。差し出がましくも、こちらさまの教育に口を挟んでしまいました。
 数々の失言、どうかお許しくださいませ」



 えつ子さまは手をつかえて深々と謝ると、今度は私のほうに顔を向けた。



 「さよりさん。今日はあなたに会えて良かったわ。
 あなたは喜代美どのが話す通りの方ね」



 そうおっしゃるえつ子さまのまなざしには、慈愛にも似た優しさが満ちている。



 「あなたとあの子は、お互いをとても信頼しあっている。
 それは、この津川家を守り立てるためにとても重要なことよ」

 「……はい。私も、喜代美が津川家を守り継ぐための助力を惜しまないつもりです」

 「そう。頼むわね」



 私がよどみなく答えると、えつ子さまは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔は、喜代美とまったく同じものだった。





 えつ子さまがお帰りになられるのを見送ったあと、母上に鬼のような形相で睨まれた。



 「今晩、すべてをお父上にお話しいたしますからね!」

 「……はい」



 小さく頷き、がっくりとうなだれる。

 結局、私のしでかした事のせいで、喜代美まで責めを負うことになってしまった。










 ※肝要(かんよう)……きわめて重要なこと。

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