この空を羽ばたく鳥のように。




 父上がお戻りになって、皆で夕餉を済ませると、ほどなく私と喜代美は父上のお部屋に呼ばれた。

 父上の前にそろって座ると、父上は脇に控えた母上に目配せする。

 そしていかめしくも年ゆえに白髪の混じった眉をつり上げて、重い声音で喜代美を(ただ)した。



 「喜代美。そなたの手は転んで擦ったということだったが、お母上の話では野犬に噛まれたというではないか。
 そなたは父と母に偽りを申したのか?」



 穏やかな口調の中に威厳が混じる。もはや言い逃れはできない。



 「ち、父上!嘘を申したのは私です!
 喜代美はいっさい嘘をついておりません!」



 私があわてて言うと、父上はその目をギロリと睨ませ一喝した。



 「控えよ!さより!」



 今まで見たこともないほどの父上の剣幕に、ビクリと身を縮ませる。



 「差し出がましい真似をするでない!
 お前のその態度が、事を大きくしておるのだぞ!」

 「はっ、はい!申し訳ございませんでした!!」



 ぴしゃりと言われ、私は身をすくませて平伏(ひれふ)す。
 父上はそんな私を見遣ったあと、再び喜代美に視線を転じて問いを重ねた。



 「本日、実家のご母堂が我が屋敷へ参ったそうじゃ。
 怪我のいきさつは、お母上からすべて聞いておる。
 そなたは野犬に餌を与えようとして、誤って手を噛まれた。それに相違あるまいな?」

 「……はい。間違いございませぬ」



 喜代美が目を伏せたまま重々しく答えると、父上は小さくため息を落とした。



 「……まったく!ふたりそろって親を(たばか)りおって!」

 「父上」



 左右の袖に腕を突っ込む形で腕組みする父上をまっすぐ見据えたまま、喜代美は手をつかえて凛とした声で言った。



 「悪いのはすべてこの私です。さより姉上は私を庇って偽りを申し上げたまでのこと。
 私はそれに甘えておりました。
 さより姉上はどうかお許しを。お叱りはすべて私が受けます」

 「喜代美……」



 真顔で訴える喜代美が、頼もしく大人に見える。
 そのまなざしの強さは昼間のえつ子さまと瓜二つ。

 喜代美の態度が私を守るためのものだと思うと、胸が締めつけられる。










 ※平伏(ひれふ)す……かしこまって頭が地につくほど体を平らにする。へいふくする。


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