この空を羽ばたく鳥のように。
しかし父上は、眉をひそめてかぶりを振った。
「喜代美、姉を庇いたいそなたの優しさは分かるが、
さよりは今日、己の立場もわきまえず、ご実家のお母上に意見を申したそうじゃ。
親の躾がなっとらんと、わしと母上に恥をかかせた。責めを受けねばならんのはさよりのほうじゃ」
告げられた喜代美は表情を曇らせる。
「そなたはもうよい。部屋に戻り、傷の養生をせよ」
「ですが、父上……」
「もうよいと言っておる。そなたは下がりなさい」
威厳をまとった父上の強い口調に、納得のいかない様子で顔を歪めたまま、喜代美は頭を下げるとしぶしぶ部屋から退出した。
喜代美がお咎めなしだったので、ホッと胸を撫で下ろす。
「何を安心したような顔をしておるか!さより!」
「はっ、はいぃ!」
父上の声で自分が窮地に立たされていると理解したが、もう遅い。
そのあと私は、延々と両親に叱られたうえに、罰として「よし」と言われるまでその場で童子訓を口誦するハメになった。
「素読のみではないぞ!内容もよく理解せよ!」
「はっ、はい!ええと、次は朝夕の心得……」
「声ははっきりと!」
「はっ、はい!」
ところどころお叱りを受けながらたっぷりと時間をかけさせられ、私はなんとかお許しをいただくことができた。
「……失礼いたしました」
ぐったりしつつやっと解放されて父上のお部屋から出た時は、外はもう真っ暗で中天にぽっかりと十三夜月が浮かんでいた。
ほうとため息を落としつつ立ち上がる。
部屋に戻ろうと廊下を歩きだすと、その少し先で佇んでいる喜代美に気づいた。
「きよ……!?」
驚いて思わず声を出そうとする私を、喜代美は自分の口元に人差し指をあてて制する。
そして私の手を引くと、黙ったまま歩きだした。
………喜代美。もしかして、ずっとここで待っててくれたの?
※童子訓……五代藩主・松平容頌公が編纂・著した「日新館童子訓」(上下二巻)のこと。
※口誦……書物などを声を出して読むこと。
※素読……意味内容より、声を出して文字だけを読むこと。すよみ。
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