この空を羽ばたく鳥のように。




 「―――申し訳ありませんでした」



 父上の部屋から離れ、庭に降り静かな井戸端へたどり着くと、ようやく手を離して喜代美は言った。



 「私が正直に申し上げなかったばかりに、さより姉上にご迷惑をかけてしまいました……」



 今夜は月が明るい。けれど月明かりに照らされた喜代美の表情は曇っている。



 「何言ってんの!あんたのせいじゃないって!
 これは私の不始末なんだから、叱られて当然なのよ!そんなに気にしないで!」



 私は叱られたことなどまったくこたえてないとばかりに笑って見せた。
 喜代美もそれに弱い笑みを返す。



 「……お礼をせねばなりませんね。姉上、何か欲しいものはありませんか?それか私に出来ることでも」

 「え……?」



 言われて考え込む。けれど欲しいものなんて思いつかない。
 かといって「別に何もいらないわよ」と言っても納得しそうにないほど、喜代美は思い詰めたまなざしを私に向けていた。



 「ええとね、じゃあ、長門屋の鳥飴で」



 ふとひらめいたことを言ってみたが、喜代美は困惑顔。



 「……あの、買い食いは禁止されているのですが」

 「じきに祭礼があるわ。その日は買い食い解禁になるじゃない。その時でいいわよ」

 「あの……そうでなくてですね、本当にそんなものでよろしいのですか?
 どうせ買うならば……たとえばその、櫛とか紅とか」

 「あのね、あんたにそんな洒落(しゃれ)たものが買える?」



 喜代美は考え込むと、やがて肩をすくめた。



 「無理ですね……」

 「でしょう?だからいいのよ、鳥飴で。あんたのおつむに合わせてあげてるの」



 喜代美はうつむいた。その様子に、傷つけたかなと不安になる。


 ああ。どうして私って、こんなに可愛くないんだろう。
 喜代美の申し出が嬉しくないはずないのに。


 早苗さんだったらきっと、艶やかな笑顔で喜びを表したでしょうに。


 つくづく あまのじゃくな自分が恨めしい―――。



 「わかりました。鳥飴ですね」



 その声に我に返ると、喜代美はいつものように微笑む。



 「縁日、楽しみに待っていて下さい」



 そんなふうに言ってくれる彼に、ズキンと胸が痛んだ。



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