この空を羽ばたく鳥のように。




 さんざん思いの丈をおますちゃんにぶちまけ、気持ちも心もすっからかんになって帰途についた。


 桂林寺町通りから米代二之丁の角を曲がると、日新館の正門の前で群がる生徒達を見かける。

 その中のひとり、頭ひとつ抜きん出た生徒に目がいく。


 遠目でもすぐわかる。あれは喜代美だ。


 どうやら私は、喜代美たちの学業終了時刻に居合わせたらしい。


 まわりにいるのは同じ年の朋輩だろうか。皆そろって前髪立ちだった。

 彼らは正門である南門の前で立ち止まり、何か話しているようだ。

 それから二言三言交わしたあと、住まいが南門の向こう側になる喜代美だけが別れてこちらに背を向けた。


 私は内心胸を撫で下ろす。
 どうやら喜代美は私に気がつかなかったようだ。


 他の生徒達はこちらに向かって談笑しながら歩いてくる。


 私の知らない顔ばかり。
 喜代美は屋敷に友人を招いたことがないから。


 私はうつむきがちに軽く会釈してその生徒達をやり過ごす。

 年下だからかしら。皆 私の身長とあまり変わらない。
 横目でそんなことを思いながらすれ違う私の耳に、



 「しかしほんと、津川は臆病者だよなあ!」



 突然そんな言葉が飛び込んできた。
 一瞬、耳を疑った。



 「あれだろ?猫の祟り!祟りなんてあるわけねえよなあ!?」



 生徒のひとりがギャハハと下卑(げび)た笑いを漏らす。



 「ああ!あんな汚ねえ猫、館内をうろつき回ってるだけでも目障りで気持ち悪いってのに、捕まえようとしただけで大騒ぎだぜ!?」

 「"猫に悪さをすると祟りまするぅ~!! お止め下され~!!"」



 その時の喜代美を真似ているのか、生徒のひとりが何とも情けない声を出してとなりの生徒の背中にしがみついた。



 「あやつは顔ばかりでなく中身も女々しいのよ!」

 「まったくだ!津川さまもとんだ跡継ぎをもらい受けたよなあ!」

 「お年を召されすぎて、眼が節穴になられてるんじゃないのか!?」



 ハハハと嘲笑が響くなか、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けて足が止まり立ち尽くした。

 目だけが、笑い声をあげる生徒達の背中を捕らえて離さなかった。










 ※朋輩(ほうばい)……仲間。友達。

 ※前髪立ち……元服前の童児。

< 14 / 566 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop