この空を羽ばたく鳥のように。



 よかった。八郎さま、元気が出たみたい。

 ホッと胸を撫で下ろすと、八郎さまは身体ごとこちらに向き直り、おもむろに私の手を取った。


 えっ、と 私は驚く。


 八郎さまは両手で私の手を包むと、まっすぐこちらを見つめる。


 八郎さまの手は熱くて汗ばんでいる。
 そりゃ今は夏で、暑いから無理もないと思うけど、

 でも………。


 困惑してうつむく私に、彼はやさしく声をかけた。



 「ありがとうございます。さよりどの」

 「い、いえ……」



 八郎さまは、困ってうろたえる私の様子をじっと窺っていたけど、やがてフッと笑った。
 そしてゆっくり手を離すと、縁側から立ち上がる。



 「今日はさよりどのに会えてよかった。麦湯ごちそうさまでした」



 彼は丁寧に一礼すると、足早に中庭を去っていった。



 (……何だったんだろう。今の……)



 突然のことで、お見送りすることも忘れてた。

 八郎さまは自身の先行きに不安を感じて、私なんかを相談相手に選んだのだろうか。


 自分の手に視線を落とす。
 握られたせいか湿っていて、それが何故だか嫌で、膝を撫でるようにしてその手を着物に拭いつけた。



 (……八郎さまも、自身の行くすえが不安なんだわ)



 私と同じ。喜代美とも同じ。
 皆 もどかしい思いを抱えて、やりきれない日々を過ごしているのだわ。

 なんだか心が重くなって、私も八郎さまが見上げていた空を仰いだ。





 「ただいま戻りました」



 しばらく空を見上げていた私は、その声をぼんやりと聞いていた。



 「さより姉上」

 「………」

 「姉上」

 「……えっ」



 気がつくと、帰ってきた喜代美がいつのまにか私の顔を覗き込んでいる。



 「……あ。喜代美、おかえり」

 「どうかなされましたか?」



 その顔を見ただけで、曇っていた心に光が射し込んだように感じる。

 あどけない顔で不思議そうに見つめる喜代美に、なんだか苦笑が浮かんだ。


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