この空を羽ばたく鳥のように。
『喜代美が 大事なのですね』
ふいに八郎さまの言葉がよみがえり、頬を染めて思わず喜代美のまなざしから逃げるように目をそらす。
「姉上?」
「なっ、なんでもない!」
(やだ、八郎さまが変なことおっしゃるから)
大事なのは、当たり前じゃないの。
喜代美は津川家の跡取り。
家を守るため、彼を支えて助けるとえつ子さまともお約束したわ。
ふと喜代美が縁側に残された湯呑みに目を向け訊ねてくる。
「どなたかいらしておいででしたか」
私は心の中で焦った。
湯呑みはひとつしか置かれてないが、女の私が飲むには大きすぎるもの。
のどが渇いているだろうと、わざと大きめの湯呑みを持ってきたことが、喜代美に来客があったことを勘づかせた。
「あっ……それはね!い、今まで八郎さまがいらしていたの!」
隠すと余計に悪くなると思って、私は正直に話した。
ただふたりで話していただけだもの。
変なことなんて何もないわよね。
「兄上が……?」
喜代美は目を見開くと表情を変えた。
「私に、何かご用だったのでしょうか」
「う……ううん、そうじゃないの!たまたま門の前で居合わせたから、上がっていただいたの。
たわいもないお話しをされて、お帰りになられたわ」
「……さようですか」
喜代美は目を伏せた。
彼の顔が心なしか翳ったように見える。
その表情を見てると、なんだか後ろ暗くなって私も同じように目を伏せた。
まるで喜代美に言えない秘め事ができたみたい。
「不在をいたして、兄上に申し訳ないことをしてしまいましたね……」
つぶやくと、喜代美は表情をころりと変えて、大きな瞳をくりくりしながらこちらへ顔を向けた。
「ところで姉上、もうすぐお諏方さまの祭礼ですね」
「えっ、ええ。そうね」
急に話ががらりと変わったので、私のほうが戸惑ってしまう。
「鳥飴、忘れておりませんから。楽しみにしていて下さいね」
喜代美はにこっと笑った。
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