この空を羽ばたく鳥のように。



 けれどおますちゃんは、役者の錦絵と判じ絵を一枚ずつ手に取った。



 「これ 下さいな」

 「おますちゃん!」



 おさきちゃんが眉をひそめて制止するのも聞かず、それらを買うとおますちゃんは私達を振り向いた。



 「きっと、叱られるわよ」



 おさきちゃんが言うのへ、おますちゃんは気にせずカラカラ笑う。



 「こんな絵一枚で叱られたりしないわよ。
 あ~あ、嫌になるわねえ!武家って窮屈すぎて!
 こんなんじゃ、町方の娘に生まれたほうがよっぽど楽しかったわ!」



 彼女の闊達自在(かったつじざい)な気性は、見ていて気持ちがいい。

 「まったく……」と、ため息を落とすおさきちゃんのとなりで、私は隠れて笑った。


 お社に向かって右側の境内の一角で、男達の歓声が沸き立っている。



 「当た~り~!」

 「お見事!」



 その声を耳にして、賑やかさに誘われるように私達も群衆のほうへ近づいていった。


 そこは諏方神社の境内に設けられた的場で、
 諏方神社の祭礼には寄的(よせまと)といって、大勢の見物客が集まるなか、藩士達が日頃の弓の腕を披露する行事があるのだ。


 寄的は祭礼の前日の朝から行われ、普段は加われない足軽などの軽輩の者も参加できた。今でこそお殿さまの上洛に追従して人数は減ったものの、以前は毎年七・八百人の侍たちがこぞって射芸を競ったものだった。


 あまりに人数が多いため、暗くなると的場には提灯や篝火が焚かれ、男達は夜を徹して射に興じた。





 矢取者(やとり)がまた、当たりを告げる。
 そのたびに群衆から歓声があがる。


 私達も今度は彼岸獅子の時のようにならないよう、足の悪いおゆきちゃんを(いたわ)りながら群衆の中へと入っていった。










 ※闊達自在(かったつじざい)……小さなことにとらわれず、心が広くのびのびしていること。

 ※軽輩(けいはい)……地位や身分の低い人。


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