この空を羽ばたく鳥のように。




 群衆の中を少しずつかきわけ、やっと射手人の姿が見えるところまで近づく。

 すでに的には甲矢(はや)が見事に命中していた。
 射手人はと見ると、まだ少年だ。

 小柄だが肌脱ぎで露出した上腕にはしっかりと筋肉がついていて、背筋をピンと伸ばして矢をつがえる姿は何とも凛々しい。

 その射手人を見て、おゆきちゃんが小さく声をあげた。



 「あ。兄さま……」

 「えっ、おゆきちゃんの兄君?」



 驚いて訊くと、おゆきちゃんは私を見上げてコクンと頷く。



 「はい。兄は日置(へき)流印西派弓術を習っております」

 「へえ、そうなんだ」



 再び視線を射手人に向けると、ヒュッと空気を裂く音をあげて放たれた乙矢(おとや)が、見事に的中したところだった。



 「当た~り~!」



 矢取者がまた当たりを告げると、笑顔になった見物客から歓声と拍手があがる。


 射手人であるおゆきちゃんの兄君の顔にも、先ほどの真剣な表情が消え失せて、人なつっこそうな笑顔が浮かびあがった。

 面長(おもなが)なその顔は、おゆきちゃんと全然似ていない。



 「おゆきちゃんの兄君はね、今年十五で止善堂(=大学)への進級を許されたのよ」



 おさきちゃんの言葉に、私はまた驚いた。



 「十五!? うちの喜代美と同年じゃない!」

 「うちの雄治もよ」と、おさきちゃんは苦笑する。



 止善堂への進級は、内試と本試のふたつの試験を及第(きゅうだい)せねばならない。

 しかも『文武両道』を重んじるわが藩では、素読所(=小学校)を修了するのも武道のいずれかの免許を取得せねばならなかった。

 修了する平均年齢は、だいたい十七か十八。


 以前 耳にした話では、おさきちゃんの弟君とおゆきちゃんの兄君は、地域や組が違うのに仲が良いと言っていた。

 てっきり性質が同じで気が合うのかと思いきや、そうでもないらしい。










 ※肌脱(はだぬ)ぎ……左袖を脱いで片肌を出して行射すること。左袖を弦で払わないためにする。

 ※甲矢(はや)乙矢(おとや)……一の矢、二の矢。

 ※及第(きゅうだい)……試験に合格すること。


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