この空を羽ばたく鳥のように。



 「兄さま!」



 おゆきちゃんが声をかけると、次の射手人に弓と弓懸(ゆがけ)を渡し、左腕に袖を通していた兄君が、離れているにも関わらず、その声を聞き分けこちらを振り向くのが見えた。


 手を振るおゆきちゃんに、兄君は笑顔で拳を振り上げ応えたあと、仲間達と群衆の中へ消えていった。


 私は喜代美の姿を探して、ぐるりと辺りを見渡す。


 おゆきちゃんの兄君がいるのなら、もしかして喜代美もどこかにいるかもしれないと思った。


 けれど、喜代美の姿はどこにも見当たらない。
 昼前に参詣を済ませて、仲間とどこかへ出かけてしまったのかもしれない。



 (……まあ、会えたところで どうにもならないけど)



 言葉を交わせる訳でもないし、一緒に露店を見て回れる訳でもない。

 それでも喜代美が私の仕立てた着物を着て、祭り見物をする姿を見てみたいと思った。
 きっと、その麗しいさまに誰もが振り向いてしまうに違いない。



 (……なんて、姉の欲目かな)



 ため息をひとつついて、それでももう一度辺りを見回す。
 すると、見知った顔を見つけた。



 「……あ」



 その人もこちらに気がついた。
 私を見た途端、その顔に苦いものが混ざり、みるみる歪んでいく。



 「早苗さん……」

 「行きましょ、みなさん」



 やはり友人と連なって参詣に来ていた彼女は、私から顔をそらすと友人達を促し、足早にその場を離れていった。



 「なあに、あれ!年上と目が合ったのに挨拶もしないなんて!」



 おますちゃんも早苗さんに気づいて、そんなふうに毒づく。



 「きっと裁縫所をあんなふうに辞めたから、立つ瀬がないのよ。ほっときなさいよ、行きましょう」



 おさきちゃんがおますちゃんをなだめてその場を去ろうと促した。


 群衆から離れながらも、私は後ろ髪を引かれた。


 ほんとは早苗さんに駆け寄り、どうして裁縫所を辞めたのか訊ねたい心持ちだった。










 ※弓懸(ゆがけ)……弓を射る時に使う革手袋。

 ※立つ(たつせ)……自分の立場。面目。

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