この空を羽ばたく鳥のように。
私はきっぱりと固辞した。
「あのおりはお話をおうかがいしただけで、私は何もいたしておりません。ですから、いただく理由がございません」
受け取れない。八郎さまの気持ちに応えられないのに、安易に受け取って気を持たせるようなことはしたくない。
強い口調で頑なに拒む私の態度に、八郎さまは瞳を伏せた。
「……馬鹿なことをしていると、自分でも承知しているのです。
決まった相手がいるのに、横恋慕するなど愚かな行為だ。しかも弟の相手に……私は兄失格です」
「え……!?」
思わぬことを言われ、驚いて目を瞠る。
「あなたには喜代美がいるのに……。それでもまだわずかな望みがあるのなら、あきらめる前に悔いのないよう尽くしたいと思ったのです。
あなたが私に教えてくれたように……」
「あ……あれは!そういう意味ではございません!」
動揺して、癇癪をおこしたように声をあげて否定する。
まるで自分の心を見透かされたようで、焦りと腹立たしさで気持ちが高ぶった。
姉という立場を忘れて、喜代美に心惹かれてゆく自分がとても卑しく思えて、恥ずかしさで八郎さまから思わず顔をそらす。
「……誤解を招いたのならお詫びします!ですが、それは心得違いです!
私は誰のものでもございません!
今 おうかがいしたことは忘れますから、今日はもうお帰りください!」
顔をそらしたまま語尾を強めて言い放つ。
八郎さまは私の失礼な態度に憤慨するでもなく、けれど無言のまま、いきなり大股でズイと距離を詰めてきた。
ビクリと怯えて見上げると、静かな瞳で見下ろす八郎さまと視線が重なる。
その瞳の奥に自分を蔑ろにされた怒りが潜んでいるようで、怖くて身動きができずにいると、八郎さまは手にしていた櫛をスッと私の髪に挿した。
※固辞……かたく辞退すること。
※横恋慕……すでに配偶者や恋人のある人に、横合いから恋をすること。
※癇癪……感情をおさえられずに、発作的に興奮して怒りを表すこと。
※憤慨……いきどおりなげくこと。ひどく腹を立てること。
※蔑ろ……あってもないもののようにあなどり軽んじること。
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