この空を羽ばたく鳥のように。
こんな時の対処法は決まっていた。
喜代美のあとに続き足音も荒く屋敷に入ると、私は自室に行き すぐさま稽古着に着替える。
そして部屋のすみに立てかけてあった、薙刀に見立てた六尺(180cm)近い稽古用の棒を手にすると、障子を開け裸足のまま中庭へ飛び出す。
中庭に立つと、右手に棒を持ち姿勢を正した。
目を閉じて 瞑想する。
今日起こったさまざまなことを思い出し、それを心に溜め込む。
嫉妬や哀しみ、悔しさや腹立たしさ。
そんな己の醜い感情すべてを並べ立てる。
そして目を開いて棒を左中段に構えると、腹に力を入れておもいっきり息を吸い込んだ。
「……いやあ―――っ!!」
気合いを放ち、心惑わす醜い感情を刃でひとつひとつ断ち切るかのように、上下、上斜め、横、下斜め、振り返しと、基本の素振りを繰り返す。
乱れる心が鎮まるまで、何度も。何度でも。
この薙刀も、父上の期待に応えたいがため、必死になって稽古を重ねてきたものだった。
文久二年、わが殿 松平容保さまに台命が下り、京都守護職を拝命したおり、
京都上洛に伴い 会津藩から約一千人もの藩士が付き従った。
そのおり国許では男手を失った武家の婦女達が、自衛のためにこぞって薙刀を学んだ。
私も時を前後して修練に励んだのだが、目標を失った今の私が薙刀を振るうことは、もはや日頃の鬱憤を発散させるための手段でしかなかった。
※瞑想……目を閉じて雑念を払い、静かに思いをめぐらすこと。
※台命……君主の命令。
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