この空を羽ばたく鳥のように。




 こんな時の対処法は決まっていた。

 喜代美のあとに続き足音も荒く屋敷に入ると、私は自室に行き すぐさま稽古着に着替える。

 そして部屋のすみに立てかけてあった、薙刀に見立てた六尺(180cm)近い稽古用の棒を手にすると、障子を開け裸足のまま中庭へ飛び出す。


 中庭に立つと、右手に棒を持ち姿勢を正した。
 目を閉じて 瞑想する。


 今日起こったさまざまなことを思い出し、それを心に溜め込む。


 嫉妬や哀しみ、悔しさや腹立たしさ。
 そんな(おのれ)の醜い感情すべてを並べ立てる。

 そして目を開いて棒を左中段に構えると、腹に力を入れておもいっきり息を吸い込んだ。



 「……いやあ―――っ!!」



 気合いを放ち、心惑わす醜い感情を刃でひとつひとつ断ち切るかのように、上下、上斜め、横、下斜め、振り返しと、基本の素振りを繰り返す。


 乱れる心が(しず)まるまで、何度も。何度でも。


 この薙刀も、父上の期待に応えたいがため、必死になって稽古を重ねてきたものだった。





 文久二年(1862年)、わが殿 松平容保さまに台命が下り、京都守護職を拝命したおり、
 京都上洛に(ともな)い 会津藩から約一千人もの藩士が付き従った。


 そのおり国許では男手を失った武家の婦女達が、自衛のためにこぞって薙刀を学んだ。


 私も時を前後して修練に励んだのだが、目標を失った今の私が薙刀を振るうことは、もはや日頃の鬱憤(うっぷん)を発散させるための手段でしかなかった。










 ※瞑想(めいそう)……目を閉じて雑念を払い、静かに思いをめぐらすこと。

 ※台命(たいめい)……君主の命令。

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