この空を羽ばたく鳥のように。
(……けれどこれは、やっぱり受け取ることなんてできない)
かといって、どう返そうかとため息をつき、櫛をくるくる回しながら考えあぐねていると、背後に人の気配を感じた。
「きれいな櫛ですね」
いきなり頭上から降ってきた声に、驚いて手にした櫛を落としそうになる。
声に振り仰ぐと、私の背後に佇み、高い背をくの字に曲げて見下ろす喜代美と目が合った。
「きっ……喜代美!」
湯上がりの彼の身体からは、うっすらと湯気が立ちのぼり、洗い髪を後ろでゆるくひとつに束ねたその顔は、女人みたいに艶っぽい。
暑いせいか かがんでいるせいか、浴衣の胸元が大きくはだけていて、目のやり場に困ってすぐうつむいた。
「その櫛……さより姉上が、ご自分で求められたものですか」
「えっ、いや……こ、これは……」
いつもより低い声で訊ねられ、あせってうろたえる。
(どうしよう。八郎さまからいただいたものだなんて言えない)
「うっ……うん、まあ……」
曖昧に頷くと、急いで櫛を懐に隠そうとする。
「ああ、待ってください」
喜代美はそれをやんわり止めると、私のとなりに腰を下ろした。
「しまわないで。よく見せてもらえませんか」
穏やかな声で言うと、手を差し出す。
ドキッと、胸に痛みが走る。
知らず背中に冷たいものが流れ落ちた。
「うっ…うん……」
変に拒んで怪しまれたくないから、しかたなく櫛を渡すと、喜代美はそれを手に取り 熱心に見つめていたけれど、おもむろにこちらへ向くと手にした櫛を私の髪にそっと挿した。
(……!)
喜代美の動作が八郎さまと重なって、あの時の怖さがよみがえり、思わず肩をすくめる。
「……よく 似合います」
つぶやきながらまぶしそうに見つめる喜代美に、ズキンと胸が痛んだ。
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