この空を羽ばたく鳥のように。




 喜代美は本当は、(くし)(かんざし)を買いたいふうだった。

 それなのに、喜代美には鳥飴を買ってくるよう言いつけておきながら、ちゃっかり自分で櫛を求めていたら、彼じゃなくてもいい気はしない。



 「私は女子(おなご)のことに不得手ですから……。たとえ私が選んできたとしても、きっと姉上を喜ばせられるような代物ではなかったでしょうね」

 「そ、そんなことない……!」



 自嘲をこぼす喜代美に、否定するも言葉が続かない。


 着飾るなんて私らしくない。
 そんなもの必要ないと喜代美は言ってくれた。


 私は、上品な櫛を与えてくれる八郎さまより、ありのままの姿を受け入れてくれるあんたのほうが好き。

 そう正直に言えたらいいのに、やっぱり素直になれなくて言葉が出てこない。

 せつなくなって 唇を噛む。

 なんだか居たたまれなくなって、髪に挿した櫛を取って立ち上がると、わざと話をそらした。



 「喜代美、髪洗ったのならよく拭かなきゃダメじゃない!風邪をひいたら大変よ!?
 さあて、私も今日は汗をかいたし、残り湯でもいただいてくるわ!」



 明るく言って、その場から逃げようとする。
 それを止めるかのように、喜代美に手を引かれた。



 「まだ、ここに居てください」



 すがるような、甘えた目をして言う。
 その声が、私の胸を締めつけ、動きを封じさせる。


 喜代美への想いに自覚が伴ったせいか、胸が疼いてたまらない。


 掴まれた手が熱い。


 火照る頬が恥ずかしくて、逃げ出したい気持ちが高まる。
 でも、それほど強く掴んでいないその手を振りほどくことができなくて、結局 櫛を懐にしまうと、喜代美のとなりにおとなしく腰掛けた。



 ……本当は、早くこの身体をきれいに流したい。
 染みついた匂い袋の香りを消し去りたい。



 八郎さまに抱きしめられて、汚されたような思いでいた私は、本当は喜代美のとなりにいるのがつらかった。


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