この空を羽ばたく鳥のように。




 ゆっくり深呼吸してから、話を切り出した。



 「このあいだ、久しぶりに高木さまのお宅にお伺いしたの。
 早苗さん……裁縫所辞めたそうね。お師匠さまがとても残念がっておられたわ」

 「………」

 「ね、どうして辞めたの?」

 「………」

 「早苗さんにも事情があったのでしょうけど、どんな理由があるにせよ、お師匠さまにご挨拶もなしに勝手に辞めるなんて、あってはならないことよ」



 黙したままの早苗さんに諭すように言葉を重ねると、うつむいて聞いていた彼女の口角がうっすらとあがる。



 「……お説教でございますか」



 自分のおかした行動に悪びれることなく、早苗さんは皮肉に笑う。



 「私を責める前に、ご自分を(かえり)みられたらいかがですか」


 「……私?」



 いったい何の事だろうと(いぶか)しむ私を見つめて、彼女は忍び笑いを漏らす。



 「何も気づかない私も浅はかでございましたけれど、人の心を(もてあそ)ぶような方に(そし)られるいわれはございませんわ」



 皮肉たっぷりな薄笑いを浮かべる早苗さんの瞳は鋭く険しい。

 それは私の知る彼女ではない。まるで別人。

 私の知っている彼女はいつも華やかで、おしゃべりだけど純粋に喜代美に想いを寄せる愛らしい少女だった。

 今 目の前にいる彼女には、それらのものがいっさい見られない。

 ただ私に、深い怒りを抱いているのはわかる。



 「いったい、何があったの……?」

 「何があったのですって?よくそんなことが言えたものですね」



 何が彼女を変貌させたのか分からず驚いていると、早苗さんは鋭く言葉を放った。



 「あなたさまは喜代美さまに横恋慕する私に、恥をかかせたかったのでございましょう?
 自分の夫となる男をしばし貸し与えるような、そんな見下した心持ちで、私にお力添えするふうを装われたのではございませんか?
 そうして陰で私を嘲笑(わら)っておられたのでしょう?」



 込み上げるくやしさをぶつけるように放たれた言葉に、私は衝撃を受けた。










 ※(かえり)みる……自分のしたことを振り返ってよく考える。反省する。

 ※(そし)る……人のことを悪く言う。けなす。非難する。


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