この空を羽ばたく鳥のように。




 「―――確かめてくる」



 両手で顔を覆い泣き崩れる早苗さんの肩に触れて、強く言った。



 「もしもそれが本当なら、喜代美の真意を聞くわ。
 想いあう相手と添い遂げるのが、一番の幸せだもの」



 驚いた早苗さんの潤んだ瞳がこちらを向く。
 その表情は不安げだ。
 安心してほしいから、いっそう明るく声をかけた。



 「大丈夫、心配しないで!喜代美は大事な弟だもの。
 一番大切なものを、見失わないでいてほしいだけよ」



 それから目を伏せて、心から謝罪した。



 「本当に申し訳なかったわ……。私がふたりの仲を阻んでいたなんて知らなかった。
 でもこれだけは信じて。私はあなたを辱(はずかし)めるつもりなんてなかったの。
 むしろ……自分の気持ちに正直になれるあなたが羨ましかった」

 「さよりさま……」



 見上げてまばたきする早苗さんの目から涙が落ちる。
 それを着物の袂で拭ってあげて微笑んだ。



 「大丈夫。喜代美は大切な人を簡単に見捨てたりしないわ。あの子はそんな薄情者じゃない。優しい子だもの」



 早苗さんの背中に手を添えて強く頷くと、彼女を屋敷の中へ送り届けてから踵を返した。




 米代へ、自分の屋敷へと足を向ける。
 知らず早足が駆け足になっていた。




 「―――さよりお嬢さま!」



 ふと背後から呼び止められて、駆けていた足を止め振り向く。見ると、先に帰したはずの源太が私を追ってきていた。



 「源太⁉︎ 先に戻ってなかったの⁉︎」

 「……はい、申し訳ございませぬ」



 源太は気まずそうに目を伏せる。私のことが気にかかり、帰るふりをして様子を窺っていたのだと瞬時に悟った。



 「話を聞いていたのね。さっきの話、源太は知っていたの?」

 「………」

 「知っていたのね」



 いつも父上や喜代美のそばに仕えている源太は、仕事にそつがなく、外の情報はもちろん我が家の内情にも詳しい。
 そんな有能な源太が知らないはずがない。

 源太は何か言いたそうに私を見つめる。
 けれどもその口から言葉は紡がれない。
 家士として仕えている身分で、自分が話すことではないと弁《わきま》えているからだろうけど、その律儀さが逆に腹立たしかった。


 「……もういい!喜代美から直接聞くわ!」

 「お嬢さま……!」


 答えてもらえない苛立ちを吐いて、源太に背を向け再び走り出す。





 早苗さんの前では隠していたけれど、本当は胸中で激しく動揺していた。

 心がざわざわと騒いで、いろんな思いが混じりあい渦巻いて、痛くて苦しかった。



 ―――喜代美と私が、ゆくゆくは夫婦になる。



 私は何も知らなかった。
 そんなこと考えたこともなかった。

 けど 早苗さんは知っていた。
 八郎さまもご存じだった。
 源太が知ってるなら、家族だってそうだ。



 そして 喜代美も――――。



 だから?
 だから喜代美は、私にあんなに一生懸命になってくれてたの?



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