この空を羽ばたく鳥のように。




 屋敷に戻るなり喜代美が帰宅したかを確認すると、すぐさま彼の部屋に向かう。

 名を呼ぶと同時に襖を開けた。



 「喜代美!」



 書き物でもしていたのか、こちらに背を向け文机に向かう喜代美が驚いて振り向く。



 「さより姉上。どうなされたのですか」



 いきなり部屋に踏み込んできた私に、不快な表情を見せることなく筆を置くと、くるりと膝を回してこちらに向き直る。


 走ってきたせいであがった息を、胸に手を当てなんとか整えたあと、ひとつ息を呑み込んで喜代美の前に座り、思い詰めた目で問い質した。



 「ねえ、私達がいずれ夫婦になるなんて……そんなの嘘よね?」



 喜代美が大きく目を見開く。
 瞬時に表情が驚きに変わった。

 けれど まばたきをひとつすると、いつもの落ち着いた表情に戻って訊ね返す。



 「……なぜ、そのような話を?」


 「早苗さんが……!早苗さん、“もう喜代美のことは忘れて良い縁を待ちなさい”って、そうえつ子さまに仰せられたって泣いてたわ!
 わ……私がふたりの妨げになってたなんて、そんなこと全然知らなくて……ごめんなさい!
 このことは、私が父上に進言するから!何としても父上に分かっていただくから!」



 動揺をあらわにし、脳裏に浮かんだ早苗さんの泣き顔に声を震わすと、静かに見つめていた喜代美が膝を進めて近寄り、私の肩をさすりながら穏やかに言った。



 「落ち着いて下さい、さより姉上。さようなこと、父上は何も仰せになられておりませんよ」

 「ほ……ほんとに!?」

 「ええ」



 微笑を浮かべて頷く喜代美に、安心して身体からいっきに力が抜けた。



 「……ああ、よかったあ!なんだじゃあ、えつ子さまが勝手にそう思い込んでいるだけなのね?
 源太も同じように考えていたみたいだから、本当かと思っちゃった!なら私、すぐに早苗さんに間違いだって教えてあげなきゃ……」



 さっそく(しら)せに立ち上がろうとすると、肩に乗っていた喜代美の手に力が入り押し留められる。



 「……なぜ、そう言い切れますか」



 無理やり座らされて訝る私を見つめながら、喜代美は口元の笑みを消してゆっくりと告げた。



 「考えてもみて下さい。家督を継ぐため養子となった私に、津川の血を受け継ぐあなたを(めあわ)せることは、誰が考えても自然な流れではないですか」










 ※(めあわ)せる……妻として添わせる。

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