この空を羽ばたく鳥のように。





 (―――え……?)



 その言葉に瞠目して喜代美を見つめると、彼は目を伏せ自嘲気味につぶやいた。



 「……やはりあなたにとって、私はただの弟でしかなかったのですね」

 「だって……じゃあ、早苗さんは?あきらめてしまうの?」



 大きく動揺して呻くと、喜代美はゆっくりかぶりを振った。



 「あなたは誤解されている。そもそも私と早苗どのは、そのような仲ではないのです」

 「えっ……」

 「私には、心に決めた人がおりますから」



 きっぱりとした物言いに、ドキン!と鼓動が高鳴る。



 「それって……」



 つぶやく私に、喜代美は寂しそうに微笑んだ。



 「もう……おわかりでしょう」


 (ああ……!)



 答えは聞かなくてもわかった。
 喜代美の熱を帯びたまなざしを見ればわかる。
 その熱が肩に置かれた手を伝って移ってきたように、私の身体まで熱い。



 「だっ……だって、私はふたつも年上よ?それにずっと私は姉で……」

 「姉上と呼んでおりながら、そう思ったことなど一度もありません。
 私にとってあなたは、はじめから特別な人でした」



 長いあいだ心に留めておいた想いの丈を、すべて込めたような言葉だった。


 けれども私は、喜代美と見つめ合いながら、まるで奈落の底に突き落とされてゆく心持ちがした。



 『はじめから特別な人』。



 ――――ああ、やっぱり。

 やっぱり喜代美は知っていた。

 いずれ私が、自分の妻になる相手なのだと。

 喜代美は最初から、私を姉だなんて思っていなかったんだ。



 (それなのに私は――――)



 跡継ぎの座を取られたくやしさから、彼に対してほとんど口もきかず、素っ気ない態度ばかりとっていた。

 喜代美のことを嫌っていた。


 だから彼は焦ったのかもしれない。
 家督を継ぐには、私との婚姻が必要だから。


 もし私が他の男を好きになり、その男を婿に迎えたいと言い張ったならば父上はどうなさるだろう。


 家名を守ることと、血を絶やさぬこと。
 どちらも必要な父上は、娘の望みに応えるに違いない。


 そうなれば、喜代美の存在は途端に無意味なものになる。



 万が一にも、そうならないために――――。



 だから私に気に入られるため、喜代美はあんなに一生懸命にならざるを得なかったんだ。



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