この空を羽ばたく鳥のように。
姉を労る心からではなく、私に恋惹かれたのでもなく、
己が部屋住みの厄介者に戻らぬために。
家督を継いで、次の出世を望むために。
それが、私に特別優しかった理由。
喜代美が与えてくれた今までの優しさが、途端に偽りに思えてきて、目の前が真っ暗になった。
(ちがう。喜代美はそんな子じゃない。その優しさに、偽りなんてないはずだ)
そう思いたいのに、その裏に己の出世への望みが垣間見えていたという思いが、心の中から拭い去れない。
喜代美は肩から離した手で、うつむく私の手をそっと包んだ。
ドキッとして、彼を見上げる。
その艶やかな瞳が、私を捉える。
「……もし父上が、私と添い遂げるよう仰せになられたら、あなたは頷いてくれますか。
私とともに、この家を守り立ててくださいますか」
包んだ私の手を持ち上げ、もう一方の手を添える。
まっすぐ訊ねられて、私は何も答えられなかった。
本音を言えば 嬉しい。
だってもう自分の気持ちを偽らなくていいんだもの。
私は喜代美が好き。
同じ想いをくれなくても、そばにいたいと望んでた。
だからこそ喜代美が他家から妻を娶っても、家の手助けはしようと決めていた。
夫婦になればもちろん助力は惜しまないし、それに何より、いつまでも喜代美のそばにいられる。
今までのように同じ景色を見て、同じ感動を分かち合ってゆける。
けれどここで頷くことは、喜代美の思惑に従うようで、
それに何より早苗さんに申し訳なくて、
あまのじゃくな私は素直に頷くことが出来なかった。
「………」
頷かないということは、すなわち喜代美を拒んだということ。
こちらを窺いながら答えを待っていた喜代美が、ひとつ息をつくとゆっくり私の手を離した。
「……今のは、ちょっと強引でしたね。
あなたが困ると分かっていながら、無理に答えを求めてしまった」
軽い笑いを漏らしてうなじを掻く。
「……本当は、とうに分かっていたんです。
あなたには想い合う相手がいることを」
「え……」
思わぬことを言われて顔をあげると、寂しそうに喜代美は微笑んだ。
「隠す必要はありません。八郎兄上がお好きなのでしょう?」
※労る……優しく大切に扱う。
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