この空を羽ばたく鳥のように。
覚悟を決めた。
父上の言葉は、逡巡していた気持ちをはっきりさせた。
私も、自分の気持ちに正直になる。
喜代美に想いを打ち明け、そして言うんだ。
「一緒にこの家を守り立てていこう」って。
そしたら喜代美は、喜んでくれるかな……?
自室の縁側で喜代美を待つ。
今宵は新月。とっぷりと墨を塗りたくったような真っ黒い夜空を仰ぐ。
胸が速い鼓動を打ち鳴らしていた。
(どうしよう。緊張する)
喜代美と向き合ったとき、私は自分の想いをきちんと伝えられるだろうか。
ドキドキしながら待っていると、喜代美の部屋からカタンと物音がした。
次いで、行灯の明かりが灯る。
ドキンとはずむ胸を押さえ、障子から漏れる明かりをたよりに彼の部屋に近づくと、ためらいがちに声をかけた。
「喜代美……ちょっといい?」
しばらくすると影が大きく動き、ゆっくりと障子が開かれる。
髷を結ったままの濡れ髪で、喜代美は人形のような無表情の顔を現した。
「喜代美……お風呂入ったの?」
それにしては湯気が立ってないなと首をかしげる。
「いえ……井戸で行水を」
「えっ、今 十月よ!? いつ雪が降ってきてもおかしくないのに!
言ってくれたらお湯を沸かしたのに、なんで言ってくれないの!?」
つい いつもの叱り口調で言うと、喜代美は曇った表情でついと目をそらした。
「いいんです。必要ありませんから。それより何のご用ですか」
すげない態度で言われ、一瞬 言葉に詰まる。
なんだか腹が立った。
「……そんな言い方ないじゃない。私だってものすごく心配したのよ?」
ああ、私ってどうしてこうなんだろう。
本当は謝りたいのに、責めるような口調になってしまう。
喜代美は目を伏せたまま、つらそうに眉に力を入れた。
「……申し訳ありません」
喜代美……怒ってるんだ。
今までの自身の気持ちと努力を台無しにされたから、きっと腹立たしいのだわ。
※逡巡(しゅんじゅん)……決心がつかなくてぐずぐずとためらうこと。
※行水(ぎょうずい)……たらいに水やお湯をいれて、その中で身体の汗や汚れを洗い流すこと。
※十月……陽暦で言えば11月~12月。
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