この空を羽ばたく鳥のように。
それを着込むと、喜代美は自室を出ようとした。
「あ……ねえ!どこ行くつもり?」
つい無断外出のおりを思い出し、あわててその背中に問いかける。
「出かけてきます。夕餉までには戻りますから」
こちらを振り返りもせずに喜代美は答えた。
「今日は寒いわ。出かけるなら襟巻きもつけないと」
今朝は池の氷が一段と厚く張っていた。
風だって今でこそ少しやわらいではいるが、ほんの四半時(30分)前までは冷たい隙間風が音をたてて屋敷の中に入り込んでいたほどだ。
言いながら衣桁に残されていた襟巻きを掴んで、首に掛けようと近寄る私を、喜代美は片手だけで制した。
「結構です。必要ありません」
「だけど本当に今日は冷えるから」
「要りません」
「喜代美、お願いだから言うこときいて……」
心配でなおも引き下がらない私を、喜代美は不快そうに睨んだ。
「子供扱いはやめてもらえませんか」
強い口調ではねつけられて、思わず口をつぐむ。
私を黙らせると、喜代美はまた前を向いた。
「もう私のことには構わないで下さい。
己のことは、己が一番良く分かっております」
冷たく突き放すように言い置いて、喜代美は自室を出ていった。
頑なに拒む背中を見送りながら、しばらく立ち尽くしていた私は、やがて力なくうなだれた。
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