この空を羽ばたく鳥のように。




 彼の名前は、高橋八三郎。


 郭内 本四之丁に住居を(たまわ)った、禄高百石・高橋誠八重固さまの三男だ。

 それがこのたび同じ郭内の米代二之丁に住むわが父、禄高百三十石・津川瀬兵衛隼人の養嗣子として迎え入れられた。



 とうとう男子に恵まれなかった津川家では、家が(つい)える危機に(ひん)していた。

 養子縁組は普通なら、親戚関係または両家に何らかの利を考慮した上で行われるものだが、

 彼の父御はわが家の内情に理解を示して、大事なご子息を津川家の跡取りとして寄越して下さったのだ。



 その情けある申し出を、父は涙を流して喜んだ。



 八三郎どのは、ご実家からそのことをよく言い含められていたのだろうか。

 いいえ。きっと彼は、生来から聡いのだろう。



 まだ幼いながらも 母御を恋しがって泣いたりせず、
 新しい環境を真摯に受け止めようとする彼の姿は、津川家の皆に好感と涙をもたらした。



 そうして彼は『津川喜代美』となったのだ。










 ※郭内(かくない)……城下外堀の内側。

 ※禄高(ろくだか)……給与される俸禄の額。

 ※養嗣子(ようしし)……家督相続人たるべき養子。

 ※真摯(しんし)……まじめでひたむきなこと。


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