この空を羽ばたく鳥のように。

* 九 *






 喜代美は縁側にいることが多い。


 私の部屋から中庭を挟んで真向かいに喜代美の部屋があるため、庭に面した障子を開けると、嫌でも彼の姿が目につく。


 しかも中庭は、そこで剣術や薙刀の稽古ができるよう整備してあり、
 視界を遮る遮蔽(しゃへい)物といえば、中央に位置するこれまた喜代美みたいなヒョロリとした栄養不足の細い幹の桜が一本生えているだけ。



 心癒せる優美な庭でもないのに、喜代美はいつもそこから何を見ているのか。



 ボーッとしているようで、でもいつも口元に笑みをたたえて。
 何をしている訳でもないのに、なんだか楽しそうに見える。


 けれどそうやって庭を眺めている喜代美を、一度だけ後ろから見かけたことがあった。


 正面から見るいつものそれとは正反対で、その背中はひどく寂しそうに感じた。



 (―――もしかして喜代美は、寂しいのだろうか……?)



 ふと、そんな疑問が沸きおこる。



 そんなふうに思ったのは、初めてのことだった。

 今まで喜代美が優しく微笑んでいられるのは、
 この屋敷で何不自由なく暮らせているためと思っていたからだ。



 父上も母上も、喜代美を粗雑に扱ったことなどただの一度もない。

 父上は勉学や武道に励めと口うるさくおっしゃることもないし、反対に「根を詰めすぎて身体を壊すなよ」と、喜代美の体調を気遣っておられるほどだ。

 きっと喜代美がお願いすれば、望みだってなんでも聞き入れてくれよう。


 母上だって、背ばかり高く痩せている喜代美をいつも心配して、夕餉の食卓には喜代美の好物を必ず一品添えている。


 きっとここまでされている喜代美だって、不満などあるはずがない。
 あるなんて言ったらバチが当たるわ。




 ――――けれど。




 いつも静かでおとなしい喜代美。

 養子に来てから、一度も実家に帰ろうとしない喜代美。

 朋輩には臆病者と馬鹿にされ、友人を屋敷に招くこともない。



 いつも微笑んではいるけれど、感情の起伏が見られないその表情からは、抱えている思いを推し量ることはできない。




 あの背中を見てから、私は思ってしまう。

 「喜代美は本当に幸せなのだろうか」と。



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