この空を羽ばたく鳥のように。
じめじめとした梅雨がようやく明け、暑い暑い夏がやってくる。
裁縫所へ行くと、いつものように早苗さんが寄ってきて耳障りな甘ったるい声で挨拶してきた。
「おはようございます!さよりさま!」
「……おはよう」
姿を見るだけで疲れる。
毎度毎度ご苦労なことだ。
彼女はこうしていつも私に近づき、喜代美の近況を聞き出そうとする。
それをどうやら隣家の喜代美の実家に伝えているらしい。
実家の母御に頼まれているのか、自発的なのかはわからない。
けれど喜代美の話題を手土産に、彼女が母御に取り入ろうとしている様子は容易く想像できる。
そう考えてしまう私の心は、相当醜く荒んでいるんだろうなと思う。
早苗さんはけして悪い子じゃない。
ただ私が馴染めないだけ。
そんな私の気持ちをよそに、彼女はすっかり打ち解けた様子で話しかけてくる。
「喜代美さまはお変わりございませんか?
今頃 日新館で勉学に励んでいらっしゃることでしょうねえ」
これも毎度おなじみの質問。
今時分の喜代美が何しているかなんて知らないわよ。
けど早苗さんは、自分で言って想像しているらしく、愛らしい微笑みを浮かべてせっせと針を進めている。
(……なんか、可愛らしいな。喜代美に恋心を抱いてる早苗さん)
私はこんな可愛い娘にはなれない。
縫いかけの足袋に針を通しながら、ふと思う。
彼女なら、喜代美の本心を聞き出せるのではなかろうか。
彼女は喜代美の幼なじみだし、実家の内情もよくご存じだ。
「……ねえ、早苗さん。今日、うちに遊びに来ない?」
いつか見た喜代美の寂しそうな背中が脳裏に浮かんで、深く考えずに私はつぶやいていた。
「えっ?よろしいのですか!?」
早苗さんは瞳を輝かせて こちらを振り向く。
「ええ。ずっと遊びに来たいって言ってくれてたのに、梅雨どきで結局 日延べしちゃってたでしょう?
喜代美にも会いたいだろうし、八ツ半(午後3時)にうちに来るのでどう?」
「はい!よろこんで!!」
まるで大輪の花が咲いたみたいな笑顔を見せて、彼女は頷く。
私はそれに無理やり口角をあげ、作り笑いで返した。
.