この空を羽ばたく鳥のように。




 愕然(がくぜん)として思わず身体を起こす。
 熱のせいでクラッときたけど、そんなこと気にしてられない。

 喜代美の苦しみが、こんなに大きなものだったなんて。



 「喜代美、違うの。八郎さまは私のことなんか想っていなかったの。そういう素振(そぶ)りを見せていただけなのよ」



 だからそんなに思い詰める必要ないの。
 申し訳なく思うことなんか何もないのよ、と伝えたかったのに、喜代美はまたかぶりを振る。



 「違います……!あれは違うのです!」



 隠しきれない苦衷(くちゅう)を抑えるためか、喜代美は固く目を閉じ、額に当てた手を強く握りしめて言った。



 「私は存じておりました……!八郎兄上は、あなたに強く想いをかけておられた!」


 (え……!)


 「想いはまことでした……しかし兄上は、あなたに偽りを申された」

 「偽り……?」



 うっすら目を開けた喜代美は、八郎さまを思い浮かべて泣きそうな顔をしていた。



 「誰かに強く心惹かれてしまうことは、自分でもどうにもならないものです。
 けれどそれは恥じることじゃない。
 それが分かるからこそ、兄があなたに会いに屋敷を訪れ、あなたの心が兄に向かおうとも、私には止めることはできないと思っておりました」

 「喜代美……」

 「私はずっと、素知らぬふりを通していたのです。
 (とが)める勇気さえなかった……。私が問い詰めたら、兄は自分を恥じてしまうでしょうから」



 喜代美の長いまつげが、悲しむ瞳に暗い陰を落とす。










 ※愕然(がくぜん)……非情におどろくさま。

 ※素振(そぶ)り……動作・態度や表情にあらわれたようす。

 ※苦衷(くちゅう)……苦しく、つらい心のうち。


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