この空を羽ばたく鳥のように。




 約束の時間どおりに早苗さんは屋敷を訪れた。

 裁縫所で着ていた着物ではなく、ちょっと上等のお着物に着替えている。


 髪に()す、大きな紫陽花を貝殻で()した高級そうな(かんざし)が目をひく。

 それが白地に鶯色の刺繍であしらわれた涼しげな()の小袖によく似合っていた。


 その上品な姿は、愛らしい彼女を大人っぽく見せている。


 きっと早苗さんだから似合うんだわ。


 チラリと自分の着ている着物に目をやる。
 地味な紺と茶の縞模様の、会津木綿の着物。


 朝から着っぱなしの着物のシワを引っ張りのばすと、早苗さんを自分の部屋へ案内した。



 「粗茶ですが、どうぞ」



 向かい合った彼女に勧めながら、自分もごくごくお茶を飲んでのどを湿らせる。


 喜代美はまだ日新館から戻っていない。


 もともと喜代美と彼女を会わせるのが目的だから、この場をもたせる話題など考えてもいなかった。


 そんな私の目の前に、すす、と菓子折りがふたつも置かれる。



 「私の家からと、喜代美さまのご母堂さまからです」

 「あら、これはどうも。そんなに気を遣わなくてよろしいのに」



 私は遠慮なくいただいた。ふたつとも高級そうだ。


 早苗さんはきょろきょろと世話しなく視線を動かし、そわそわと落ち着かない。



 (……ああ!わかったぞ)



 「早苗さん、喜代美の部屋は私の真向かいよ」



 私は開け放たれた障子から、中庭向こうの喜代美の部屋を指差した。

 喜代美の部屋もまた、風を通すために障子が開け放たれている。
 ここから見るには無駄なものが一切なく、きれいに整頓されている部屋。

 これだけでも几帳面な喜代美の性格が垣間見えるというものだろう。



 「……まあ!」



 早苗さんは身を乗り出して、喜代美の部屋をくまなく観察しようとする。


 恋する乙女は忙しそうだ。


 私の顔に、自然と苦笑が浮かんだ。



< 24 / 566 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop