この空を羽ばたく鳥のように。




 ドキンと鼓動が強く反応する。
 地を見つめたままの、彼の言葉を待つ。



 「先の禁裏で起きた(八月十八日の政変•禁門の変)で、長州がわが会津に強い恨みを抱いていることは存じております。
 ですがわが殿は、国許に戻られてからも大樹公にならい、新政府に盾突(たてつ)くつもりはないと、恭順の意を示して御自(おんみずか)ら謹慎なされたのに、将軍家は許されても、わが藩は許されることはなかった」



 わが藩は、会津に憐憫(れんびん)を見せてくれた仙台•米沢両藩を通して、奥羽鎮撫総督府(おううちんぶそうとくふ)宛に藩の助命嘆願書を提出しているが、

 その総督府下参謀の長州藩士•世良(せら)修蔵(しゅうぞう)は、嘆願書を受け取らず会津討伐を強く説き、

 あまつさえ「奥羽皆敵」と書いた書状を、庄内討伐に出向いていた同下参謀である薩摩藩士•大山格之助に送ろうとした。

 その書状を福島藩から密かに手に入れた仙台藩は、「世良がいては事態は悪くなるばかり」と 世良を捕縛、斬首してしまう。

 このことがきっかけで、急遽 奥羽諸藩の同盟が結ばれ、会津•庄内とともに東北諸藩は新政府と戦わざるを得なくなった。

 会津藩にとっては、援軍を得ておおいに勢いづいたかもしれないが、これで和平への道は断たれたのである。



 「憎しみだけでは、事態は悪くなってゆくばかりです。
 互いが許す心を持ち合わせておれば、ここまで戦禍(せんか)は広がらなかったでしょう。

 人は誰しも、(あやま)ちを犯すものです。
 ですが、それを責めてもどうなるものでもありません。

 まことに必要なのは、武力で打ち負かすことではなく、相手を許せる心の力なのではないでしょうか」



 私は、耳を疑った。










 ※憐憫(れんびん)……かわいそうに思うこと。あわれむこと。

 ※戦禍(せんか)……戦争による被害。


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