この空を羽ばたく鳥のように。




 部屋を出て、足音も(せわ)しく座敷を通り抜けぐるりと回る。

 中庭を横切ったほうがはるかに早い。
 はしたなくも舌打ちする。

 そうして喜代美の部屋の前まで来ると、声もかけずにスパンと(ふすま)を開け放った。



 「喜代美!いったい誰にやられたのっ!? ケガはっ!?」



 そう詰問してから、まず「大丈夫?」と気遣う言葉をかけてやるべきだったと、心の中で思いきり(ひたい)を打つ。



 喜代美はといえば、ちょうど新しい襦袢に袖を通しているところで、
 はだけた胸元につい目がいってしまい、真っ赤になってあわてて顔をそらした。



 「これ!なんです!年頃の娘がはしたない!!」



 あまりの不作法に、母上に叱りとばされた。



 「あ……あいすみません」



 どもりながらも詫びて、喜代美の着替えが終わるのを背を向けて待ちながら、もう一度 訊ねてみる。



 「ねえ、それ。このあいだの朋輩の仕業じゃないわよね?」


 「心配ないですよ。これは日新館の帰りに、本丁辺と米代辺の争いに参加したからでして、

 けして罰を受けてきた訳ではありません」



 ふ.と、小さく笑みを漏らしながら彼はそう説明する。



 「まあ、ケンカですか?」



 着替え終えた喜代美に脇差しを差し出しながら母上が訊ねると、
 受け取ったそれを腰に差しながら、彼はにっこり笑って答えた。



 「はい。今日は石合戦でした。それがいつのまにか取っ組みあいに変わってて」



 会津の城下町では、士分の者は地域別に《辺》と呼ばれる組に区分される。

 《辺》同士は仲が悪い。

 しかも本丁辺と米代辺はおとなりさん。ゆえにしばしば争い事が起こる。

 加えて城下の往来はきわめて小石が多い。

 よって石合戦なるものが、子供達のあいだで行われるのだ。



 小石といえど当たれば痛いし、場所によっては大ケガにもなりかねんというのに、男ってほんとバカね。



 「男子たるもの、時にはケンカも必要ね。元気なのは結構だけど、ケガだけはしないでちょうだい?

 そんなことになったら、ご実家のご両親に申し訳が立たないわ」


 「はい。重々承知しております」



 苛立つ私を尻目に、養母と息子のあいだでは、そんなやりとりがほほえましく行われていた。










 ※襦袢(じゅばん)……和服用の肌着。

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