この空を羽ばたく鳥のように。




 それから幾時間経ったことか。

 自分の部屋が使われているので、私はしかたなく屋敷の裏庭の縁側に腰かけて待つ。


 目の前には小さな畑と隣家との境の板塀しかないから、しかたなくなくそれを見つめる。


 畑には茄子(ナス)胡瓜(キュウリ)が青々と葉を広げ、隣家との境の板塀には秋にたくさんの実をつけてくれる南瓜(カボチャ)(つる)が模様のようにはりついている。


 耳は遠く聞こえるふたりの声を必死に聞き取ろうとしているが、その内容は聞き取れない。

 楽しそうな早苗さんの笑い声だけが耳に届く。


 ふたりきりにされて、喜代美はどうしているだろうか。


 実家の話を聞いて家族を身近に感じ、帰りたいと思う気持ちが強まっただろうか。

 だといい。

 そして早苗さんが、喜代美の心の()り所になればいい。


 そうすれば喜代美に里心がついて実家に帰るようにもなるだろうし、
 もしかしてうまくいけば養嗣子の件も白紙に戻るかもしれない。

 そうなったら 万事めでたしだ。



 「………」



 なんか、またお茶が飲みたくなってきた。

 なんだろう。さっきから。

 なんだかやたらのどが渇く。

 何かが 詰まる………。





 「さより姉上」



 静かに声をかけられ、肩が小さく上下する。

 振り返ると、いつのまにか喜代美が立っていた。



 「あら。早苗さん、もうお帰り?」



 見送りに立ち上がろうとする私に喜代美が言う。



 「もうお帰りになられました」


 「えっ!? なんで教えてくれないの!?」


 噛みつくように言うと、喜代美は肩をすくめるだけ。



 「忙しいでしょうから、見送りは結構だと。源太に送らせました」


 「あ、そう……」



 春日源太は、津川家に若党として奉公している青年だ。年は二十一歳になる。
 しっかり者の源太なら、粗相のないようにしてくれるだろう。



 (しかし……挨拶もなしに帰るとは。
 明日会ったら、なんとしてくれよう)



 当分は呼んでやらんぞ、などと意地の悪いことを考えながら、再びぺたりと縁側に腰かけて大きなため息をつく。

 すると、なぜだか喜代美もとなりに腰かけてきた。


 ぎょっとして、思わず彼を見つめる。

 喜代美もいつもの優しいまなざしで私を見つめてくる。



 訳もわからないまま、しばらく私達は見つめあった。










 ※若党(わかとう)……武家に仕える苗字帯刀を許された奉公人(ただし刀は一本のみ)。仕事は主に警護や主人のお供など。
 家禄を継ぐことができない貧しい武家の次男や三男が雇われることが多かった。

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