この空を羽ばたく鳥のように。
家人みなで急ぎ朝餉を済ませると、今度は出陣の支度に追われた。
喜代美の身支度は母上がそばについている。
私とおたか達は台所で父上と喜代美のお弁当の用意を、みどり姉さまは居間で出陣前の盃の準備を調えていた。
「さより」
ふと台所に姿を現した母上に呼ばれて顔を向ける。
「母上。喜代美の身支度は済みましたか」
「身支度は済ませました。喜代美さんがお前に話があるそうよ」
母上は翳りある表情でおっしゃった。
――――家並み触れや回章文で、敵が国境を破って侵入してきたことを知った。
敵軍が、とうとう目前まで迫ってきた。
今ここで慌ただしく支度している時も、くもり空のなか時おり雷が落ちるようなドォンという音が山の向こうから響いてくる。
あれが敵軍の大砲の音なのかと思うと、思わず手が止まり胸が緊張で張り詰める。
(喜代美はあんな砲声がとどろくところまで出向き、戦いに参加するのだろうか)
そうした不安が母上の表情にも表れているのだろう。
同じ思いに捕らわれながら、私はたすきと前掛けを取り払うと喜代美の部屋へ向かった。
「……喜代美。入るわよ」
声をかけてから襖を開けると、すっかり身支度を整えた彼は文机の前に端座し、厚紙の短冊に何かを書きつけている。
「……何してるの?」
静かに訊ねると、振り向いた喜代美は穏やかな表情で手にした短冊を差し出す。
それを手に取り、まだ墨香る美しい筆跡を読みあげた。
「……『かねてより 親の教えの秋(とき)はきて
今日の門出ぞ 我はうれしき』……」
――――それは、念願叶い晴れの出陣を迎えた喜代美が、心に沸く喜びと忠誠の決意を込めて詠んだ歌。
「母上にお渡しするために認(したた)めたものですが、実家の母にも届けようと存じます」
喜代美の言葉に、私も短冊を見つめながら言った。
「そうね……とてもよい歌だわ。母上もえつ子さまも、きっとお喜びになられるわね。
ねえ……これ、私にもひとつもらえないかしら?」
厚紙の短冊を返しながら頼むと、喜代美はそれとは別の、薄紙の小さな短冊を代わりに差し出した。
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