この空を羽ばたく鳥のように。
 




「―――では、行って参る」





玄関に立つ父上が重々しくおっしゃると、喜代美と後ろに控える源太が家人達に向けてそろって頭を下げた。



「いってらっしゃいませ」



私達も応じてお辞儀すると、喜代美が母上とみどり姉さまに声をかけた。



「母上、みどり姉上……。永らくお世話になりました。

未熟者の私ですが、力の及ぶかぎり忠義を尽くしたいと存じます。

母上もお身体の具合がすぐれないようですが、どうかくれぐれも御身を厭うてください。

姉上も、どうか息災でいてください」



母上とみどり姉さまが目を潤ませて頷くと、そのあと喜代美は涙ぐむ弥助やおたかなど、奉公人ひとりひとりに声をかけてから、最後に私を振り向いた。





「さより姉上……」





まなざしを優しく滲ませて、私を呼ぶ。



引かれるように、一歩 前へ出た。

想いをのせた視線を絡ませ、心だけで触れあう。



いとおしく思う短い間のあと、喜代美が思いがけないことを口にした。





「さより姉上。以前 私が聞かせた渡り鳥の話を覚えておいでですか」


「渡り鳥の話……?」


「はい」





いきなり問われて、戸惑いながらも記憶を呼び起こす。



そういえば去年の春彼岸の中日に、猪苗代湖へと戻ってゆく白鳥の群れをふたりで眺めたことがあった。





あのおり喜代美は教えてくれた。



渡り鳥は、どんなに遠く離れたところで生まれても、行くべき場所をちゃんと知っているのだと。



鳥たちはたとえ目印になるものが何もない大海原を飛ぶ時も、決して方向を見失わない。

それはその体内に、寸分の狂いもない指針を持っているから。





そのことでしょう?と答えると、喜代美は満足そうに頷いて言った。





「私の心の中にも、けして揺るがない指針があります」





凛と響く声に、彼の瞳をのぞきこむ。





「私の指針が示す先は、いつもあなたです」


「喜代美……」


「ですから何も案ずることはありません。どんなに遠く離れようとも、私には向かうべき先がちゃんとわかっているのですから」





(――――喜代美……!)



心の中に喜びがあふれて、胸がつまる。

こらえきれない涙に目頭が熱くなり、両手で口元を覆う。





遠く離れても。

たとえ この身は滅んだとしても。





もし記憶をすべて失ったとしても、向かうべき場所は魂がちゃんと知っている。





だから何も心配ないですよと喜代美は笑う。





(―――そう。そうよね)





目頭をさっと拭って頷きながら微笑んだ。





「私も持ってる。だから何も案じたりしないわ」





この想いは、きっと消えることはないのだから。



いつだって私の心の指針が指し示すのは、喜代美なのだから。





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