この空を羽ばたく鳥のように。




 その晩、私は父上の居室に(おもむ)いた。

 目的は喜代美の帰省をお願いするためだ。


 昼間 喜代美は、早苗さんから実家の話をいろいろと聞けて、とても嬉しそうだった。

 だからその姿に突き動かされ、思いつくまま父上のところへ押しかけた。



 行灯(あんどん)に照らされた薄暗い部屋の中には、上座に座り脇息にもたれる父上のお姿。

 その真向かいの下座に私は座る。

 そしてそのあいだを見守るように、脇に母上とみどり姉さまが控えている。



 話を切り出すと、父上は途端に渋いお顔をなされた。



 「だがのう……。実家へ帰ることを勧めてはおるのだが、喜代美が頷かんのじゃ。
 本人が嫌がるものを、無理に行かせることもないじゃろう?」



 そうおっしゃって、言葉を濁す。


 喜代美の態度を口実に使っている。
 内心は、里心がつくのを恐れて実家に行かせたくないのだ。



 「勧めるからいけないのです。これは命令だと、毅然(きぜん)とした態度で(おお)せになればよろしいではありませんか!」



 過去の栄光(?)だが、私も父上に溺愛された身。
 そうぴしゃりと言ってみる。



 「どんなに喜代美が賢く物分かりのいい子でも、彼はまだ十四です!
 母が恋しい年頃に切り離され、会いたい気持ちも募っておりましょう。

 無理しておれば心が病んでしまいます。
 実家のご両親や兄君も、喜代美が里へ帰るのを心待ちにしているはずです。

 父上、あの子の気持ちを()んであげて下さい!」



 ううむと唸る父上の横で、母上も姉さまも賛同して何度も頷いた。



 「さよりの言う通りだわ。喜代美さんは優しい子だから、きっと私達に遠慮して実家に帰りたいと言えないのよ」



 みどり姉さまの言葉を継いで母上も頷きながら、



 「そうね、きっとそうだわ。旦那さま、これからは喜代美に何かしら用事を与えて、里のご両親の元へ帰してやりましょう?」



 そうおっしゃって父上の判断を(あお)ぐ。

 父上が観念したように長い長いため息を吐き出した。



 「……わかった。喜代美の気持ちが一番じゃ。
 頻繁にとはいかないが、なるべく機会を作ってやろう」



 父上の潔い決断に、女達は顔を見合せて喜ぶ。



 「ありがとうございます!! 父上!!」



 このとき、私は今日一番の笑顔を見せた。


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